2025年12月5日(金)

厚生労働省

2025年10月1日

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2019年に働き方改革関連法が施行された直後、新型コロナウイルス感染症というパンデミックに突入し、変えざるを得なかった働き方。しかし、現在の働き方は各企業が目指したものになっているでしょうか。慣行の上に新しいシステムを乗せ、逆に身動きが取れない状況になってはいないか。働き方改革を成功させる方法は何かをやめることにあるという早稲田大学 商学学術院 教授 小倉一哉氏と、実際に現場で改革をリードしてきた東急株式会社 人材戦略室 人事企画グループ 統括部長 中弘昭氏に、働き方改革への効果的なアプローチの仕方を実例に基づいて語っていただきました。
※本記事は厚生労働省「働き方・休み方改革推進に係る広報事業」の一環として掲載しています。
 

仕事の「劣後順位」をつけるという発想に変えてみる

小倉 働き方改革というと、「今までとは違うことをしなければ」という話になりがちです。どの企業も新しい仕事を生み出すことは得意ですから、ビルド・アンド・ビルドで進もうとするのです。しかし私は、まず何かをやめて、それから作るべきだろうと思っています。スクラップ・アンド・ビルドですね。

早稲田大学 商学学術院 教授
小倉 一哉

 これまで私が見てきて、いい改革をしていると思った企業は、そちらの社長さんの言葉を借りると、仕事に「劣後順位」をつけたところです。全国に300余りの営業所をもつ企業ですが、社員2~3人の離島の営業所までもくまなく、「何がやめられるか」を聞いて回ったといいます。しかも、現場の若い社員やパートタイマーから話を聞き、長く働いている社員には見えない無駄を見つけ、それを業務に反映させて労働時間の削減と生産性向上という結果を出しています。私は、今まであまり顧みられることのなかった、この「やめる」という視点で、働き方改革を進める方法がより有効だろうと思っています。

 2022年に独立行政法人労働政策研究・研修機構がまとめた「労働時間の研究」という報告書の中で、私が「働き方改革の取り組みが仕事や働き方に与えた影響」を調査分析した結果、会議の見直しやペーパーレス化は残業時間や業務量の削減などの効果が明らかに出ているのですが、ノー残業デーや強制消灯は微妙な結果となりました。

 ノー残業デーを採用したことで別の日に残業をしたり、強制消灯の後に、自宅など場所を変えて仕事をしたりするようになったらしいのです。これらは、単に時間や場所を移動させただけで、仕事量そのものを減らすことにはなっていません。一方、会議の見直しやペーパーレス化は仕事量に踏み込んでいる。この違いがポイントです。

 弊社でも、2018年度末までは、ノー残業デーや強制消灯を非常に厳しく実施していました。しかし、おっしゃるとおりで、オフィス以外の場所で仕事を続ける社員がいるなど、効果は限定的でした。

東急株式会社 人材戦略室 人事企画グループ 統括部長
中 弘昭

 そこで、2019年4月から「働く時間の適正化PDCA」という名称で改革を進めることにしました。ここで「適正化」としたのは、ワーク・ライフ・バランスの充実もさることながら、業務量が減ることによって生まれる余白の時間をどう使うかを各々がしっかり考え、その余白を付加価値や新たな仕事を生み出す原動力につなげてほしいという意味をもたせています。

 

業務内容を最もよく知る現場の社員に判断を委ねることが重要なポイント

小倉 具体的にはどのような改革を進めたのでしょうか。

 会議・業務プロセス・業務量を3本柱に据え、これらの2割削減を目指すことにしました。弊社は交通・不動産・ホテルなどさまざまな事業を展開していますから、トップダウンで全社的に同じことに取り組むのではなく、部門ごとに、また課長クラスがリーダーとなり、その課が担当する業務内容に沿った見直しを、ボトムアップで考えてもらうことにしました。重要度によるところもありましたが、基本的には、リーダーである課長クラスに見直しの判断を委ねました。

 多くの課が行ったのが、会議の見直しです。回数の削減、参加者の絞り込みを行うと同時に、コロナ禍以前から全社員に配布していたモバイルPCで、どこにいても会議に参加できるようになりました。これは移動時間の削減にもなっています。また、議事録は文字起こしツールを使い、内容もシンプルなものにして、会議全体の効率化を図っています。

 業務プロセスでは、ペーパーレス化を推進しています。資料は各自のPCで確認しています。また、資料はクラウドの共有フォルダに保存し、紙で保管しないように努めています。メールはまだまだ多いのですが、最近はチャットを使い、短いセンテンスで必要なことだけを共有するようになっていますね。さらに、経費精算は全社員に法人カードを配布し、基本的にはすべてオンライン化しています。

 ほかにも各部門でさまざまな改善点が挙げられ、半年ごとに効果を確認しながら進めてきました。2年半経ったところで改善策が一巡したため、この取組はいったん終了したのですが、現在も業務の効率化は維持できており、更に進化している取組もあると評価しています。

小倉 コロナ禍でも推進してきたわけですね。

 むしろ、コロナが後押しになったのかもしれません。テレワークやスーパーフレックスタイム制の導入を計画していたところでコロナ禍に突入し、そのタイミングで改革を打ち出したという感じですね。会議のハイブリッド化もここで進んだと思います。

 

小倉 社員の反応はいかがでしたか?

 始めた当初は、「忙しいのに、こんなことをやらせるのか」というネガティブな意見もかなり出ていました。しかし、トップからの指示ではなく、自分たちで洗い出した問題と解決策ですから、基本的にはポジティブに受け止められ、自分事として納得感高く進めてもらえたと思っています。だからこそ、2年半という比較的短い期間で効率化が進んだのではないでしょうか。

小倉 ほかに変わったことはありますか?

 部門ごとに異なっていた契約書のフォーマットを統一しました。また、ペーパーレス化の一環として、電子押印や、複数の承認権者が同時に内容確認できる稟議システムを導入しました。今まで書類を置いていた収納スペースを執務スペースとして有効活用できるようになったことは大きいですね。

 オンラインでのコミュニケーションは定着しましたが、対面でのコミュニケーションの必要性が失われたわけではなく、双方のバランスが重要です。弊社では、抜本的なオフィスのリノベーションで部門を超えてコミュニケーションが取れるスペースを設け、効率化を進めながらも、リアルなコミュニケーションの機会を創出する工夫をしています。

 

 

効率化のヒントを見つけるには、まず現状把握から

小倉 東急さんは大企業ですので、中小企業の取組についても触れたいと思います。

 株式会社浅野製版所という新聞や雑誌の広告・印刷などを手掛ける企業は、部署ごとに集まって、どういった業務にどの程度時間がかかっているのか洗い出しをしたそうです。特に、長時間労働になりがちだったトップ営業スタッフに対しては、1日、1週間、1か月の時間の過ごし方を聞き取り、その人にしかできない仕事とほかの人でもできる仕事に仕分けをして、担当を振り分けることにしました。また、ベテランにしかできない仕事か、新入社員にもできる仕事かの振り分けもしました。こうして組み換えをすることで、仕事量が多かった人の仕事を減らし、それらの仕事を新人に担当させて社員教育に役立てることができたといいます。

 中小企業に限ったことではないのですが、「属人的」という言葉はキーワードになっていると思いますね。経験と勘とコツでやってきたベテランが仕事を手放さなかったり、依頼する側もついベテランに頼ってしまったりするわけですが、それでは働き方改革は進みません。ベテランの経験・勘・コツに頼っていた部分をデータ化して、広く活用可能な形にできるかどうかがポイントになると思います。

 働き方改革がうまくいっていないという中小企業は、現状把握から始める必要があると思います。例えば、社員に5分ごと、あるいは10分ごとに何をしたか、1日分をすべて書き出してもらい、会議、移動、打ち合わせなどのカテゴリ別に集計してみると、その人の仕事の内容が見えてきます。また、それぞれの仕事の詳細を確認すると、当初の目的が見失われて、単に慣習だけで動いているものもあるかもしれません。それらを洗い出して見直すことが不要な仕事をなくすことにつながります。

 中小企業なら、社長さえその気になれば、機動的に取組を動かすことができますから、むしろ大企業よりも働き方改革が進みやすいのではないでしょうか。

 大企業なら、ジョブローテーションの中で、自然淘汰のような形で業務が効率化されることはあると思います。一方、人員が少ない中小企業ではどうしても業務が属人化しがちなので、自然に効率化が進む状況にはなりにくいでしょう。しかし、そのままでは働き方は決して変わりません。まずは現状をきちんと把握したうえで、経営者がコミットすることが必要になるかもしれませんね。

小倉 大企業と中小企業でアプローチの違いはあるかもしれませんが、どちらにも共通しているのは、「何のために働き方改革を進めるのか」を常に考えて取り組むことでしょう。

 業務をやめることで生じる「余白」を社員のワーク・ライフ・バランスの充実のために活用することはもちろん重要ですが、企業にとっては生産性の向上による自社の成長も非常に重要な視点です。イノベーションを起こすには、常にクリエイティブな発想を生み出すためのインプットが必要で、そのための時間は、余白ができることによってはじめて確保できるのです。

 また、業務の中での生成AIの活用が進んでいるように、テクノロジーの進化に伴い、働き方そのものも変化しますから、当然、求められる働き方改革の形も変化していきます。私たちは、常に時代の変化に対応して、自分たちの行動を変容させなければならないのです。そのような意味では、人が働き続ける限り、働き方改革は永遠に終わらないのかもしれません。

 

厚生労働省「働き方・休み方改革シンポジウム」

「働き方・休み方改革シンポジウム」(2025年10月28日(火)13:30~16:30、オンライン配信)では、「人手不足時代に立ち向かう中小企業の働き方改革」と「出社とテレワークの組み合わせ~働きやすさと成果の追求~」をテーマに、企業事例の紹介やパネルディスカッションを行います。対談の中で事例紹介があった株式会社浅野製版所も登壇します。ぜひこちらからお申込みください。