働き方改革には、もう取り組まなくてもよいのだろうか。この問いに、ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティ推進分野の数多くの研究をリードしてきた東京大学名誉教授の佐藤博樹氏は「NO」と言う。むしろ、働き方改革の本来の目的に立ち返るべきだと指摘する。
※本記事は厚⽣労働省「働き⽅・休み⽅改⾰推進に係る広報事業」の⼀環として掲載しています。

働き方改革の本来の目的は「多様な人材が活躍できる働き方を実現すること」
-働き方改革関連法が2019年から順次施行され、「時間外労働の上限規制」の導入や「年5日の年次有給休暇の確実な取得」の義務付けなどがされました。その結果として、時間外労働の削減や年次有給休暇の取得はかなり進んだのではないでしょうか。
佐藤
確かに、多くの企業が働き方改革の流れの中で、時間外労働の削減や年次有給休暇の取得促進に取り組みました。その意味では、労働者の働き方は大きく変化したと言えるでしょう。
-多様な人材の活躍は全く進んでいないのでしょうか。
佐藤
全く進んでいないわけではありませんが、多様な働き方のパートや有期雇用社員の増加による部分の貢献が大きく、フルタイム正社員の働き方の多様化が大きく進んだとは言えません。もちろん短時間勤務や勤務地限定の正社員も増えていますが、その貢献度は小さいです。
例えば、女性が育児休業後に短時間勤務からフルタイム勤務に戻ると、当然のように残業を期待されてしまい、家庭内の家事・育児分担の偏りも依然としてある中で、希望するキャリアの実現が難しくなる状況は、未だ解消されていません。
大事なのは、「時間の使い方」や「仕事の仕方」を自律的に考えること
-残業の削減に向けて、残業時間の上限や「ノー残業デー」を設けたりする企業が多くありました。効果もそれなりにあったのではないでしょうか。
佐藤
-「仕事の仕方を変えるための仕掛け」とは、具体的にどのようなことでしょうか。
佐藤
ポイントは3つあります。
1つめは、「何かあれば、急な残業でもいつでも社員が対応できることが当たり前」というマネジメントの考えを改めることです。
子育てや介護などで時間制約がある社員が困るのは、「予期していなかった残業が突然降ってくる」という状況です。前日・前々日にわかっていれば、調整ができることも少なくありません。
2つめは、顧客や社内から突発的な仕事の依頼があった時に、その仕事がどの程度急ぎかを確認し、顧客などとコミュニケーションをとり、納期を調整することです。1週間先が期限だった仕事について、急に「明日の午後一番に出してほしい」と言われるとします。でも、「本当に明日の午後一番に必要なのか」と尋ねてみれば、実際は明後日でも間に合う仕事かもしれません。期限が本当に動かせず、当日予定していた他の仕事も動かせないなら、必要な残業として対応せざるを得ませんが、そのような状況が発生した背景を分析して、次に同じことが起こらないよう対策をすることも重要です。
3つめは、特定の社員にしかできない仕事を減らすこと、つまり「仕事の属人化」の解消です。
「この仕事は自分にしかできない」と誇りを持っている社員がいるかもしれませんが、特定の社員にしかできない仕事があると、その社員が休暇等で不在の時に誰もその仕事をカバーできず、経営上のリスクになります。お互いの仕事をカバーできれば、休暇も取りやすくなり、人材育成にもつながります。
-「働き方改革=残業削減」ではないのですね。
佐藤
働き方改革が進むと、残業時間が減り、残業代も減る一方で、社員が自分の生活に使える時間が増えます。社員一人ひとりが、「自分の生活がより豊かになるなら、それでよい」と心から思えるかどうかも重要になるでしょう。
管理職の働き方改革が必要な理由
-「社員の働き方改革のしわ寄せが管理職に行っている」との声も聞かれます。

佐藤
働き方改革の中で最も遅れている領域の一つが、管理職の働き方です。
背景には、部下の残業削減のために仕事を抱え込んでしまうことや、最近の管理職に期待される役割が非常に幅広くなっていることなどがあります。コンプライアンス対応や多様な人材のマネジメントなど、やるべき仕事が増えているのです。
働き方改革は、選ばれる会社になるための「生存戦略」
-人手不足が深刻になる中、経営者は働き方改革をどのように捉えるべきでしょうか。
佐藤
働き方改革を「残業削減」から「多様な人材が活躍できる職場づくり」へと捉えなおすことが、今後の企業の「生存戦略」になるのです。
<プロフィール>
佐藤博樹氏
東京大学名誉教授。専門は人的資源管理やダイバーシティ経営など。1981年(昭和56年)、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得。内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経済産業省・新ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長、経済産業省・なでしこ銘柄選定基準策定委員会委員長などを歴任。
厚生労働省「働き方・休み方改革シンポジウム」


