2026年10月1日(木)

欧州製薬団体連合会(EFPIA Japan)

2026年10月1日

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いつでも誰でも必要な医療が受けられる日本の「国民皆保険制度」は世界で高く評価されている。しかし、少子高齢化、社会保障費の増大、さらには医薬品に関する世界市場の変化が、日本の医療や医療制度に影響を及ぼし始めている。日本が誇る医療制度をこれから先も守るためには何が必要なのか。その処方箋を、立場を異にする橋本岳氏と牧兼充氏に伺った。

 

(写真右から)

橋本 岳 HASHIMOTO GAKU 
衆議院議員、自民党社会保障制度調査会「創薬力の強化育成等に関するプロジェクトチーム」座長 
牧 兼充 MAKI KANETAKA  
早稲田大学大学院経営管理研究科准教授。専門はスタートアップ・エコシステム、イノベーション政策、技術経営など

 

世界に誇る日本の医療制度は
イノベーションを支えられるのか

──日本の医療制度は、どのような価値を社会にもたらしてきたのでしょうか

橋本 言うまでもなく、日本の医療制度の最大の特長は「国民皆保険」です。保険料を国民一人ひとりが負担し、支えあうことによって、すべての国民が、いつでも一定割合の自己負担で医療を受けられる。さらに、患者自身が医療機関を自由に選べる「フリーアクセス」であり、かぜのような軽度な疾病からがんのような高度な治療が必要な疾病までどの医療機関を受診しても一定の医療レベルを保っている。つまり、我々の国民皆保険は、同時に保つのは難しいと言われる「低負担、アクセス、質」の3つの要素を備えて国民の健康維持に貢献してきました。

 

──一方で、制度を維持する上での課題はあるのでしょうか

牧 医療分野、なかでも医療用医薬品の研究開発は成功確率が低く、ビジネス上のリスクが高い領域です。莫大な時間と研究開発費を投じても、それに見合うだけの利益を回収できる保証はありません。一方で、国民皆保険は国が価格を統制しなければ成り立たないシステムです。実際これまで国が厳しく管理してきたため、日本の製薬会社がリスクをとって革新的な医薬を開発するインセンティブが働かず、イノベーションも起こりにくいという事情がありました。それによって、日本ではドラッグラグやドラッグロスという課題が発生しています。

橋本 イノベーションについては、保険制度においてリワード(報酬)と思える評価法が導入されればいいのですが、それをしようとすると、保険料か税金か自己負担のいずれか、またはすべてを引き上げなければなりません。しかし、保険料負担の世代間格差やバランスが問題になっている現状では制度の範囲内で十分な評価をするのは困難と言わざるを得ません。

 

転換期を迎える日本市場で高まる
エコシステムへの期待

──そうした制度上の難しさは、新薬を日本市場に届けるうえで、どのような影響を及ぼしているのでしょうか

橋本 近年注目されているのは、先ほど牧さんが指摘されたドラッグロスです。普段意識することはないのですが、新薬を作っている製薬会社はすべてグローバルな企業です。したがって、同じ医薬品であっても国によって価格は異なります。

日本では1億 2000万人の人口規模を背景に国が製薬会社と価格交渉し、欧米諸国より低い価格を維持してきました。しかし、この低価格を維持する仕組みが年々強くなった結果、時間も資金もかけて開発した薬を日本に販売するメリットが問われることとなり、欧米では使える医薬品が日本では使えない状況が出てきました。これがドラッグロスです。ドラッグラグは海外で新薬が開発されてから日本で使えるようになるまでの時差の話ですが、ドラッグロスは企業行動として日本へ供給しないという選択です。

牧 トランプ政権の最恵国待遇(MFN)薬価政策もあり、今後ドラッグロスは増えていく可能性があります。というのも、この政策は米国が実質的に負担してきた新薬開発コストを他国にも分担させるため、薬の価格を先進国で最も低い水準に引き下げようとするものです。これが実施されれば、製薬会社は世界一の市場である米国の価格低下を防ぐため、日本や欧州での新薬販売を控える可能性があります。

 

──では、日本発の新薬を生み出す環境は、十分に備わっているのでしょうか

牧 まだ足りていません。それにはいくつかの理由があります。

まず、日本の研究者にスタートアップを起こそうという思いとノウハウが諸外国に比べて不足していること。そして、それを支えるV C(ベンチャーキャピタル)が圧倒的に不足していること。仮にスタートアップが立ち上がっても、臨床試験が進むにつれ莫大な費用が必要になると、V Cだけではサポートできなくなります。その時にスタートアップのM & Aが成立すればよいのですが、日本ではそのマーケットが小さく、せっかく生まれつつあるシーズが育ってその果実を得るところまで資金としてつながっていかない。つまり、「エコシステム」が働いていないのです。

 
 

──エコシステムとは?

牧 ひとことで言えば、研究者、資金を持っている人、大企業などがビジネスとしてのメリットがある形でお互いに協力しあって、スタートアップを生み育てていくための仕組みです。

ただ、スタートアップは多産多死でほとんどのものは失敗します。しかし、エコシステムが機能していれば、失敗から学びの量が増え、次の挑戦へとつながるのです。

 

 

医療への投資は
国力にも安全保障にも波及する

──高市内閣の「日本成長戦略」に「創薬・先端医療」分野が入ったことを、どう受けとめていますか

橋本 官民の投資を集中させて成長させようという重点分野に創薬が入ったことで、ベンチャーやスタートアップが伸びていくビジョンが描けるようになったと思っています。

牧 そこはとても重要で、ワクワクする未来が見えない限り、日本の薬価制度や社会保障費の財源不足などの課題を自分事として捉えることはできないだろうと思います。

N A S Aのアポロ計画は「10年以内に人を月に着陸させる」というものでしたが、この壮大な挑戦に米国国民はみなワクワクし、共通の夢を実現させるために頑張ろうと思ったことでしょう。医療でもそうした夢は描けるはずです。そもそも、創薬も一つ一つを見ると「ワクワクのための投資」の積み重ねなのです。

橋本 ワクワクが政策を変えるというのはいいですね。しばしば、社会保障費はコストだと言われますが、誰もなりたくて病気になるわけではない。治療費用をコストというのは気の毒です。自分の社会保険料が隣近所の人たちの元気や医療の発展を支えているという想像力が持てればいいと思いますね。

実際、牧さんがおっしゃるように、この 10 年ほどを振り返ると、新しい薬ができ、それが保険適用になり、今まで治らなかった病気が治るようになっています。これは、社会保障という投資を積み重ねてきたからこそです。

牧 医療の発展にはさまざまな利点があります。医療技術が進むと健康寿命が長くなる。すると労働力が増えて国力が上がる。つまり、医療にかかる資金はコストではなく投資と考えられます。

もう一つ指摘しておきたいのは、医療や医薬品は安全保障に欠かせない財であるという点です。これだけ地政学的なリスクの高い時代において、有事の際やパンデミックが起きた時に医療・医薬品・ワクチンを迅速に供給できるかどうかは常に考えておかなければなりません。

 

──これからの社会保障を私たちはどう考えていくべきでしょうか

橋本 病院で診察を受け、処方箋をもらい、その薬で日常生活を取り戻す。それが当たり前と思われている方も多いでしょう。しかし、患者の回復を願って新薬を開発し、健康を支えてくれている人たちがいることの結果として今がある。その頑張りを私たちも支えなければ、今の当たり前はなくなるのです。そうした意味でも、社会保障費をコストではなく、私たちの健康や安全保障、そして未来への投資として位置付けるべきではないでしょうか。