ある成年後見人の手記

2017年8月16日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

(iStock.com/antpkr/LUHUANFENG/eyen120819/yuruphoto)

 血族宛て書留を2014年12月16日に山口市から投函した。執筆に当たり意を用いたのは、振り込め詐欺と勘違いされないこと、血族間のもめ事に巻き込まれないこと、私の品格を保つこと、などである。私個人の住所や電話番号などは書かず、勤務先気付とし、勤務先の電話番号を記した。


 相手は家族も含めれば数十人に上ろう。その中に、どんな人物がいるかもしれず、お門違いの恨みを買ったりするのは真っ平ごめんだ。個人情報を保護する今日にあって、家裁は何を考えているのか? トラブル回避のためにも、やはり公的機関が一肌脱ぐべきだ。「遺産を与えるから、書類を整えて出頭せよ」と通知すれば、済む話ではないか。現代日本の司法の不作為を嘆かざるを得ない。

 1カ月ほど推敲を重ねた文面は、次の通り。

──松尾由利子様の血族各位
前略
 私は松尾由利子様の亡夫、行人の実弟の長男で、松尾康憲と申します。義理の甥です。5年余り成年後見人を務めて参りました。神戸家庭裁判所の指針に基づき、由利子様が10月29日水曜日午前8時25分に老衰のため逝去された事実を報告します。享年は90、大津市の琵琶湖を眺める高齢者用施設が終焉の地となりました。
 ことし春、医師から余命長くないと告知され、私ども夫婦はほぼ毎月山口市から見舞いに通い、10月26日にも面会しておりますので、私に悔いはありません。独り身の高齢者としては、最善とは言えないにせよ、まずまずの最晩年を過ごされたのではないかと察しております。
 10月31日に通夜、11月1日が葬儀で荼毘に付し、翌2日に神戸・摩耶山の天上寺に納骨いたしました。由利子様の夫と共に眠っていらっしゃいます。法名は釋尼妙由です。ただ、成年後見人は遺産を保全して相続人に渡すよう法律で義務づけられているので、葬儀なども質素を旨とし永代供養はできていません。遺産相続者御一同に志がおありならば、供養して差し上げられるのも結構かと、愚考いたします。
 由利子様の遺産は計1436万9592円です。相続権は、別表に列挙された血族各位14名に存します。ただし5年以上前に作成されたものなので、人数など異同があるかもしれません。各位にてお確かめください。姻族である私に相続権はありません。
 血族各位で協議され代表1人を決め、その方の氏名、住所、振り込み口座番号を、私宛てご通知願いたいと存じます。各位が署名、捺印された同意を示す連判状を添えてください。トラブルを防ぐためで、後に家裁に提出する所存です。私との遣り取りは「言った」「言わない」を回避するべく、電話でなく、書面で願います。
 なお名簿にある魚川吉夫様の住所は私には分かりませんので、各位より一連の経緯を伝えられ、吉夫様にても前記のお手間を願えないでしょうか。
 遺産は、ゆうちょ銀行の通帳2本計1244万8788円と現金192万804円から成ります。適切なご返答を得次第、現金は手数料を差し引いた金額を指定口座に振り込み、通帳と関係書類は書留にて代表者宛てに郵送させていただく所存です。血族の方は、通帳と同封の書類と証明書を、全国どこの郵便局でも持ち込めば、現金化できるとの由です。各位でお分けになる方法については、私の関知するところではありません。(中略)
 速やかなご回答を願います。私も諸般多忙につき、早く決着させたいばかりです。
草々
2014年12月16日──

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