2024年4月26日(金)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年8月25日

 「高度成長の発展段階で日本でも同じことが起こった。その間給与も上がった。中国もその時期を迎えている。資本主義の発展段階では従業員の給与も増える」

 それも確かに事実だが、開明的な中国誌で知られる『南風窓』は、国家統計局のデータを基に企業利益は増えても労働者への給与はそれに比例していないという「影」の部分に目を向ける。「国内総生産(GDP)に占める労働報酬の割合は22年連続で下降している。1983年は57%だったが、2007年は39.74%に下がった」。そして「連続して起こるスト事件は、収入分配体制の不合理問題が長期的に積み重なり爆発した結果だ」と解説している。

丹羽大使が希望する中国の民衆には会えない?

 中国を見る場合、「光」と「影」の両面を見ないと、実像はつかめない。そういう点で、丹羽が草の根交流を最優先課題に掲げ、「第一に国民との草の根交流を行い、(本当の日本は)歴史教科書に書いてあるものとは違うことを知らせたい」「日本人の顔を見たこともない地方都市を回りたい」と掲げたことは非常に評価できる。

 しかしここでカギとなるのは、丹羽の言う「親中」の「中国」が「共産党」だけを指すのではない、ということだ。4月に改革派中国紙『南方都市報』は、辛亥革命(1911年)前後の著名思想家・梁啓超の言葉を用いて「国家は朝廷(共産党)ではない。人々が愛すべきなのは国家であり、朝廷ではない」との評論を掲載、現在の中国では「愛国」とは「愛共産党」を意味すると皮肉り、編集者が停職処分を受けた。つまり共産党の主導する国家権力は強大化する中、「国栄えて民滅ぶ」という見方も出ているのだ。

 日中交流においては、今も昔も中国側から登場するのは、共産党の選んだ「体制内」の人たちである。中国では「民間交流」といえども、「官」の息が掛からないことはあり得ず、最近盛んな青少年、高校生交流でも、外務省や中日友好協会など公的機関が人選する。

 つまり大使という政府要職に就いた丹羽の前に現れる民衆も、政府から選ばれた人たちであり、丹羽の希望する「日本人の顔を見たことのない民衆」と深い対話をする機会はなかなかめぐって来ないのが現実だろう。

日中関係にも「民」の台頭

 しかし中国で続発したストを見れば、「体制内」とは言えない若者たちが携帯電話メールを通じて日系企業に要求を掲げたわけで、日本人経営者もストがどうすれば収まるか目先の視点ばかりでなく、これら真の「民意」を理解し、向き合う姿勢が必要である。一般の日本人は中国には「言論の自由がない」と誤解しがちだが、ネット上などでは民衆の主張や不満がうごめき、公民意識や権利意識が台頭する新たな潮流が起こっている。

 当局の抑圧を受けながら、中国の弱者らを支援する北京の人権派弁護士はこう明かす。

 「米国のハンツマン駐中国大使は大使館に呼んでくれ、われわれの話を米中人権対話での米側提案に反映してくれた」

 彼ら弁護士は、日本政府が中国で深刻化する社会矛盾や人権侵害問題への関心が薄いことに失望している。一方でこれら弁護士は、日本の司法制度や社会システムがどうして安定をもたらすのか関心を高めている。

  「国栄えて民滅びる」といえども、体制外から一党独裁への改革を求める知識人や、ネットを駆使して権利意識を高める若者は、公民社会の台頭とともに中国社会で少しずつ存在感を高めている。しかし彼らは日中交流の世界において今まで、表に登場して来なかった新たな「プレーヤー」である。政府が主導する交流や、「官」の息の掛かった研究者や青少年が登場する名ばかりの「民間交流」だけでは、真の「戦略的互恵関係」は作れないのではないだろうか。

◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)
◆更新 : 毎週水曜

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