WEDGE REPORT

2010年11月2日

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パトリック・クローニン (Patrick Cronin)

新アメリカ安全保障センター(CNAS)上級ディレクター

オックスフォード大学で修士・博士号取得。ジョージタウン大学やジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)などで教鞭をとる。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)などの研究機関で活躍。前職は、米国防大学国家戦略研究所所長。

会社経営で言えば「選択と集中」だろうか?
財政難のアメリカは、力の行使を控え目にするほかない。
だが「抑制」を「後退」だと、誤解してはならない。
それはアジア太平洋を選択し、力をそこへ集中させるためだ。
クローニン氏は最近の論文でそう指摘し、話題を呼んだ。
同盟国日本には一層の期待がかかる。

 米国は今、転換点を迎えている。1990年代は、冷戦に勝利した後の勝ち誇った時代の到来を告げた。21世紀の最初の10年間は、際限のない対テロ戦争と深刻な景気後退に対する不安の時代となった。この先の10年間は、長引く「抑制」の時代の到来を告げる。これはアジア太平洋地域、なかんずく日本に遠大な影響を及ぼしかねない問題だ。

対テロ戦に財政難
転換点迎える米国

 現在の戦略の道筋は、持続し得ない。米国が世界の安全保障のために尽力している取り組みは、目標を変えるか、追加的な手段を見つけない限り、決して成功しない。おそらく、その両方が必要になるだろう。

 イラクとアフガニスタンを、同時進行で手掛けてきた。どちらも予想を超えて長引く紛争であり、散発・拡散的だが、コストがえらく高くつく争いだ。暴力的イスラム過激主義に対して軍事力に過度に依存して臨む一方、一部国家の核開発計画を阻止する際には、これまでなら考えられないことだが軍事介入を避けようとしている─。以上にとどまらない多くの問題が、過去数年間、米国安全保障政策の課題の中心であった。

 米国の近代史を通して、歴代政権はすべての脅威を潰して世界の法の執行者たろうとすると同時に、自由を守ることで世界の救世主であろうとする二重の願望に突き動かされてきた。称賛すべき思考ではあったが、これは米国が実存する脅威に直面し、世界における圧倒的優位を謳歌した時代にこそ発展したものだ。

 ところが今、こうした衝動は、いつしか米国を延々と続く勝ち目のない軍事行動の深みに陥らせ、中途半端で短期的な政策を一段と助長し、米国の限りある資源にさらに重い負担を強いることになりかねない。オバマ政権は、世界の安全保障を確保するために米国が担っている不釣合いな負担の見返りが、とみに小さくなっていることを認識している。

 ロバート・ゲーツ国防長官は昨年、「9・11によって開けられた防衛予算の蛇口は閉まりつつある」と宣言し、以来、主要な軍司令部を1つ閉鎖すること、陸軍および海軍将官のポストを削減すること、今後数年間で1000億ドルの防衛予算削減を目指すことを訴えてきた。確かに、ゲーツ長官は国防総省による健全な予算管理を示すことで先手を打ち、より大幅な防衛予算削減を求める声を封じようとしている。しかし、長官の行動は恐らく、終わりではなく始まりを告げるものとなる。この先米軍は、予算の制約に縛られ続ける。

 大恐慌以来最悪となった景気後退の影響で、米国政府は次第に浪費癖から抜け出しつつある。急速に勢力を増すティーパーティー運動は、悲惨な経済と真正面から向き合えない支配体制に対する大衆の反発として説明するのが一番適切だ。何しろ国民は、高い失業率と過去最大の住宅差し押さえ件数を目の当たりにしながら、米国政府が既に13兆ドルを超えている歴史的な公的債務をさらに増やす様子を見ているのだ。今の傾向が続き、社会保障や医療手当などの給付金が膨れ上がっていけば、米国の債務総額は2010年代が終わるまでに米国経済全体の規模を上回る。日本も富士山のような債務の山を抱えているものの、その債権者は日本人であって、ほかにも選択肢があるだろう外国人投資家ではない。

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