食の安全 常識・非常識

2018年2月13日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

(3)トレハロース大量摂取国、日本で問題の強毒タイプ菌は見つかっていない

 一方、日本では林原のトレハロースは大ヒット商品です。年間に3万トン以上、販売され、さまざまな食品に用いられています。ならば、強毒タイプのディフィシレ菌の大流行が起きている?

 答えは「いいえ」なのです。しかも、この論文が俎上にあげ、トレハロースとの関係を細かく調べた二つの強毒タイプのディフィシレ菌は、日本では見つかったことさえありません。

(4)マウスへの投与試験も、おかしい

 論文では、ディフィシレ菌の培養実験や、マウスに強毒タイプのディフィシレ菌を感染させ、そのマウスにトレハロースを与えて影響をみる実験など、さまざまな角度からの研究成果を示しています。それら複数の論拠から、トレハロースがディフィシレ菌を強毒化した、という「トレハロース悪玉説」を打ち出しています。

 ところが、一つ一つの実験をよく読んでいくと、相当におかしい。牽強付会、無理やり「トレハロース悪玉説」につなげているようにしか見えません。

 たとえば、C57BL/6マウスという、実験用のマウスに5種の抗生物質を与え、さらに、抗生物質を腹腔内にも注射して、腸内細菌を徹底的に殺した後に、投与実験を行っています。強毒化したディフィシレ菌を感染させさらにトレハロースを与えると、マウスの死亡率が非常に高い。だから、やっぱりトレハロースと強毒化したディフィシレ菌は関係があるね、という論旨になっています。

 なるほどなるほど、と思いますよね。

 ところがこれ、おかしいのです。C57BL/6というマウスが使われているのがポイント。C57BL/6マウスは、トレハロースを小腸で分解して、グルコースにしてしまい、大腸にはトレハロースではなくグルコースとしてしか届かないことが、林原の研究でわかっており、2003年に論文発表されていました。

 つまり、このマウスを実験に使う限り、一見、トレハロースを食べさせているように見えて、実は、単にグルコースを与えているだけの実験にしかならないのです。

 強毒化したディフィシレ菌がマウスの体の中にいて、そこにグルコースが送り込まれてきたら、グルコースというおいしい餌にありついた菌はどんどん増殖し、宿主であるマウスを殺してしまう。そんなことが起きていて、でも、外形的にはトレハロースの投与実験なので、「トレハロースでマウスが死んだ」に見えてしまっている可能性があります。

ネットには間違った情報が氾濫している

  (1)~(4)は、私が各国の政府機関のウェブサイトやこれまでに公表されている既存の論文等も合わせて、ネイチャー論文の問題点を確認できた項目で、科学的にはかなりの客観性がある、と考えます。

 林原は、さらに細かく菌の培養実験やマウスを用いた実験の不備を指摘し、「解釈が間違っているのではないか」と訴えます。

 林原は1月24日にプレスリリースを出し、論文の問題点をかいつまんで説明しました。さらに、細かい論証資料を作り、取引先企業等に説明して回っているそうです。

 食品の科学や動物実験についてある程度知識のある人が聞けば、論文の不備はすぐに理解できます。したがって、トレハロースを使っている食品企業は、まったく動じていません。

 しかし、ネットでトレハロースを検索すると、論文を基にした「危ない」情報が氾濫しています。高名な科学者や医師が、ネイチャーの論文だから、とそのまま、記事や個人のブログとして発信しています。

 「添加物が危ない」という情報は、興味を引きアクセス数を稼ぎやすいのです。林原の反論は、ほとんど顧みられておらず、情報は間違ったままです。

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