足立倫行のプレミアムエッセイ

2018年4月21日

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 桜の花の咲く頃に、私と妻との新家庭、1974年当時はやり出した言葉で言えば、「ニューファミリー」が始まるはずだった。

 ところが、3月に入ってから私の肛門周辺の状態が悪化し月末には耐え難い痛さとなり、急遽入院して手術することになった。

 複数の痔核(いぼ痔)である。

 おそらく、週刊誌の仕事が立て込んで徹夜の執筆が何週間も続いたことや、趣味のパチンコで身体が冷えたことが誘因だろう。

 前年10月末に結婚した時、妻のお腹は充分に大きくなっていた。

(KrystynaTaran/iStock)

 ところが、海外放浪から帰国したばかりの私は無一文だった。仕事は渡航前にやっていた週刊誌記者に復帰し、住む部屋は友人と借りていたアパートの部屋の隣に何とかもう一室確保したものの、新家庭を始めるにあたっての布団や食器さえなかった。 

 ガムシャラに働き、1日も早く3人の生活基盤を準備する必要があったのである。

 その間、妻は関西の実家にいた。年明けの2月には、無事に息子も生まれた。

 妻が赤ん坊の授乳に慣れ、陽気もよくなった3月下旬、、いよいよ母子が上京して新しい生活……、という矢先の私の災難だった。

 病院はアパートのある世田谷区祖師ヶ谷から遠くない駅近くの胃腸科病院。

 恥ずかしい恰好の診察は10秒ほどで終わり、「リッパなもんです」と医師に褒められ(?)、入院と手術の日が決まった。私にとっては人生最初の入院であり手術である。

 電話で毎日のように息子の泣き声を聞かせてくれていた妻は、日を早めて単身上京し、私の世話を焼いてくれた。

 手術は約30分間。詳細は、強い下半身麻酔のせいでよく覚えていない。

 運ばれた病室は1階の2人部屋だった。

 その部屋には同じ26歳の先客がいた。

 会社員の彼は、出勤途中に突然腹痛を起こし、下車駅から救急車で搬送されてきたそうだ。
診察は胆のう炎。ベッドの脇には2歳年長だという細君が付き添っていた。

 私は40時間の絶食なので、点滴を受けながら手術後の痛みに耐えつつ、聞くともなしに同室のカップルの会話に耳傾けていた。

 女性の方は明らかに苛立っていた。

 「ホント俺思うんだけどさ、3食昼寝付きで働かなくてもいいなんて、病院暮らしほどいいことないよね」

 安直な感想を夫が何度も繰り返すせいだ。

 夫は単に気楽な性格なのか。あるいは、私と妻が購入する家具のことなどあれこれ話しは合っているのに対し、夫が夫婦の未来の話を一切口にしないことへの不満があるのか。

 ともあれチグハグな夫婦は間もなく病院から姿を消した。私の容体は、肛門に詰めた脱脂綿の除去を境に、徐々に腫れと痛みが引き始めた。入院4日目のことである。

 と、隣の空のベッドに次の患者が運び込まれた。30代の自殺未遂の公務員だ。

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