イノベーションの風を読む

2018年4月23日

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川手恭輔 (かわて・きょうすけ)

コンセプトデザイン・サイエンティスト

1990年代から、大手メーカーでインターネットサービスの企画・開発・運用を手がけ、自ら立案したグローバルなサービスを複数立ち上げた経験を持つ。その1つは、サービスのデザインでグッドデザイン賞を受賞した。コンピューターサイエンス関連の翻訳本も多数ある。

 ソフトウェアは、それまで無関係だと思われていた産業や、古いビジネスモデルに基づいた産業を次々と呑み込み、ソフトウェア化の波に乗れない企業を窮地に陥れている。そのソフトウェアの多くは、スタートアップと呼ばれる革新的なビジネスモデルを持ったベンチャー企業によって生み出されている。今や、イノベーションはスタートアップによって起こされるといってもいいだろう。

(Ryan McVay/iStock)

 一般消費者向けの製品をつくる日本メーカーは、この現実を直視すべきだ。ハードウェアしか見えない近視眼では、機能の追加や性能の向上といった「正常進化」しか考えることができない。それは他社の製品と星取表で比較することが容易で、企画会議での承認も得やすい。そして、過去の製品の陳腐化戦略というお呪いを唱えながら、絶望的な製品をつくり続けている。

 パナソニック、ソニー、シャープの家電御三家は、リーマンショックによって引き起こされた世界的な景気の低迷や円高で、パソコンやテレビ事業などの業績悪化が加速し経営不振に陥った。やむなく、事業の売却や撤退、大規模な人員削減などのリストラを繰り返した結果、ようやく業績は回復したようだ。しかし、ソフトウェアによる破壊は、リーマンショックのように急激ではないが、ハードウェアビジネスというカエルをジワジワと茹で始めている。

ハードウェアビジネスを呑み込む

 日本メーカーの代表であるトヨタは、海外のライバルたちに少し出遅れたものの、積極的に手を打ち始めた。電動化と自律走行技術によって、自動車の利用形態が大きく変わることが予想されている。自動車は購入して所有するものではなく、シェアしたり、必要なときに好きな場所で利用したりできる、新しいモビリティ(移動手段)サービスの一部になっていく。

 トヨタは、これを「100年に一度といわれる自動車産業の大変革期」と捉え、「モビリティ社会を見据えた新たなモビリティサービスの創造・提供に取り組む」ためのトヨタモビリティサービス株式会社を、昨年の12月に東京に設立した。そして、年初のCESに、電動化、コネクティッド、自律走行技術を活用した次世代電気自動車、e-Palette Conceptを出展した。

 トヨタはe-Palette Conceptを、移動、物流、物販などに活用できる、多目的モビリティサービス専用の電気自動車と説明している。これは、多目的モビリティサービスというソフトウェアからの視点で、自動車というハードウェアを再定義したものといえる。既存のハードウェアをどのように進化させるかではなく、ソフトウェアに必要な最小限のハードウェアはどのようなものか、ということをゼロから考える。

 家族や友人と写真を共有するソフトウェアに必要な、写真を撮るためのハードウェアはどのようなものか。音楽を配信するソフトウェアに必要な、音楽を聴くためのハードウェアはどのようなものか。ドラマやスポーツの動画を配信するソフトウェアに必要な、動画を視聴するためのハードウェアはどのようなものか。それぞれ、ソフトウェアにレンズをつける、ソフトウェアにイヤホンをつける、ソフトウェアにディスプレイをつけるというぐらいの発想の転換が必要だろう。

 当然、これまでのように「モノをつくって売るだけ」のビジネスで収益を上げることは難しくなる。海外のソフトウェアに、ハードウェアを部品として提供するだけ、というデジャブのようなことにもなりかねない。日本メーカーは、新たなビジネスモデルの開発に積極的に取り組まなければならない。

 トヨタは、ライドシェア、カーシェア、レンタカー、タクシーなど、e-Palette Conceptを利用したサービスを提供する事業者だけでなく、リテールや宿泊・飲食といった関連サービス事業者が参加できる、モビリティサービスプラットフォーム(MSPF)という構想を発表している。グーグルやアップルのソフトウェアに呑み込まれるか、新たな時代のモビリティサービスのプラットフォーマーとなれるかの戦いだ。

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