「すぐに避難を!」 命令調の放送が始まる

「大洗町の奇跡」の防災無線放送からNHKが学んだこと


田部康喜 (たべ・こうき)  東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

田部康喜のTV読本

月刊WEDGEに2008年6月号まで約10年間、110回にわたって連載したコラム「読むテレビ」が、インフィニティで復活します。 コラムを読んでくださった方が、そのテレビ番組を見なくても番組について語れるようになる、というコンセプトは変わりません。大きな転換期にさしかかっているテレビ界。スマートフォンやスマートパッドの登場によって、映像コンテンツの価値はより高まっていると思います。ぜひご覧いただきたい番組をご紹介してまいります。掲載回数は月に2回で、第1・第3水曜日にアップ予定です。

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「津波は内陸深くまで流れ込みます。早く逃げること……」

 NHKの夜のニュース番組、「ニュース7」のキャスターである武田真一アナウンサーが、緊張した高い調子で訴える。

 これまでにはない命令調の津波情報である。

放送のあり方を変えた3・11

 放送記念日の3月22日、NHKスペシャルは「NHKと東日本大震災」の特集番組によって、大震災から1年の自らの放送を振り返った。

 番組冒頭の武田アナウンサーの緊張した放送は、災害報道の実験の模擬放送だった。どうして、このような調子のアナウンスになったのか。その謎解きをするようにして、映像は進行する。

 巨大津波による犠牲者をどうして放送は、もっと救えなかったのか。放送人の痛恨の感情が番組を作らせた。

 2011年3月11日午後2時46分、大震災が発生したときに、ニュース責任者だったテレビニュース部の等々力健はいう。

 「マニュアルもあった。事前準備もしていた。しかし、マニュアルも事前準備も超えた事態が起きるとは思っていなかった」

 巨大地震の発生に直面した等々力は終始、アナウンサーに何度でも避難を呼びかけろ、と指示をだした。

「高さ20センチ」と伝えられた津波

 震災当日のテレビとラジオの放送を時系列で流しながら、番組は震災地の人々が放送にどのように刻々と対応していったかを描いていく。

 宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区は、停電によって防災無線が断絶し、テレビも視聴が困難になった。住民はテレビの情報をそのまま伝えるラジオに聞き入った。

 午後2時54分、岩手県大船渡で津波の高さは20cmと伝えられた。その後、宮城県石巻市の50cm、そして、午後3時3分、東京・お台場の方向で高く上がる火災と推定される煙にテレビの中継画面は切り替わる。

 閖上の住民に緊張感はなかった。「津波の高さの予測は6mといっているが、いつものように空振りに終わると思った」と振り返る。

 午後3時14分、岩手県釜石の港のロボットカメラが捕らえた映像から、東京のスタジオの緊張は一気に高まる。津波が防波堤を超えて、車を押し流し始めた。

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著者

田部康喜(たべ・こうき)

東日本国際大学客員教授

福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。

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