世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2012年8月6日

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 今日、五輪の経済的側面は、政治的問題に圧倒されている。実際、五輪の規模が拡大し、これだけメディアの注目を集めるようになると、五輪を最も求めているのは、国際社会に台頭してきたか、復帰してきた国々である。過去には、1964年の日本、1972年のドイツ、1988年の韓国があった。そして、現在は、BRICSである。2008年の中国(北京)、2014年のロシア(ソチ)、2016年のブラジル(リオ)があり、その後、おそらく南アフリカやインドが2024年辺りに続くのだろう。トルコは2020年の五輪に名乗りを上げ、カタールやアゼルバイジャンも手を上げたことがあった。これらの諸国は、高い経済成長率を背景に、充分な資金調達が出来る。そして、国家体制によって、五輪への情熱を数年継続出来る。

 しかし、目標を高く立て過ぎ、後戻り出来なくなるリスクもある。五輪は、その規模を縮小することを考えない限り、やがては富裕かつ独裁的体制に委ねるものになってしまう。五輪の理想にとっては残念なことである、と論じています。

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 オリンピックの政治的側面に関しては、具体例が事欠きません。1956年のメルボルンでは、ハンガリー動乱を受け、45名の選手が西側諸国に亡命しました。1972年のミュンヘンでは、イスラエル選手団へのテロ事件が発生しました。1980年のモスクワは、前年のソ連のアフガニスタン侵攻を受け、日米等西側諸国がボイコットしました。1964年の東京五輪の最中には、中国が核実験を行ない、2008年の北京五輪の開幕と同時に、ロシアはグルジアに侵攻しました。

 上記論説の特色は、オリンピックは、その規模、予算があまりにも拡大してしまったので、それから得られる特別な政治的、経済的利益を期待できる「新興国」あるいは「復帰国」以外はメリットがないことを指摘した点にあります。

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