「理想」が「現実」に勝利した台湾選挙

台湾から緊急リポート!


野嶋 剛 (のじま・つよし)  ジャーナリスト

1968年生まれ。朝日新聞入社後、シンガポール支局長、台北支局長などを経験。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『ラスト・バタリオン 蔣介石と 日本軍人たち』(講談社)、『映画で知る台湾』(明石書店)など。

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時間軸の長い視点で深く掘り下げて、世界の本質に迫る「WEDGE REPORT」。「現象の羅列」や「安易なランキング」ではなく、個別現象の根底にある流れとは何か、問題の根本はどこにあるのかを読み解きます。

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台湾の選挙で、賭博が盛り上がるのは台湾では周知の事実だ。巨大な資金が動くとされ、勝敗のみならず、票数までも賭けの対象となる。2004年に陳水扁総統が選挙投票日前日に銃撃された事件は、その後も真相が明らかにならないミステリーになっているが、賭博関係者が起こしたという説がいまも根強く語られており、そう信じている台湾人も実に多い。

 賭場の胴元もそれぞれ政党に情報源を持っているので、彼らの見方は馬鹿にはできない。我々外国人はどうしても得票率で分析してしまうが、台湾の賭博関係者は、たいてい得票差を賭けの基準の一つにしている。

 今回、賭博業界はもちろん蔡英文の勝利を予想していたが、得票差ではかなり見方が割れていた。その筋の関係者に聞いたところでは、選挙前1カ月の時点では、最も掛け率が低かったのは蔡英文が150〜200万票差で勝利する、というあたりだったという。過去最も差がついて2008年の馬英九圧勝のときは、220万票差だったので、そこまでは達しないとのう読みがあり、250票差から100万票差の範囲で賭けが成立していたという。300万票差の大差、あるいは、50万票差の接戦になると、賭けは成立しなくなったらしい。

 ところがふたを開けてみれば、蔡英文と朱立倫の票差は300万票。賭場はどうなったのだろうか。賭けが不成立ならばかえって損はしなかった胴元はホッと一安心したかも知れない。ただ、300万票差という情報は、投票日直前にいろいろ取材した結果、民進党の幹部や地元メディアのベテラン記者、某大学の政治研究者が口をそろえて「可能性がある」と語っていたので、選挙戦終盤においては、想定内の数字になっていた。それぐらい最後の段階で国民党の失速は如実だった。

Getty Images

立法委員選挙でも大敗した国民党
今回の選挙の最大の「異変」

 総統選だけではなく、同日に行われた立法委員選挙では、台湾の政治観察をしている人間からすれば、総統選挙以上に驚きを感じる結果となった。立法委員選挙は小選挙区制であり、なんといっても日本と同じで地盤や人脈を長く持っている人が強い。国民党は長い一党専制時代のお陰もあって地元の利権構造をがっちり握った組織があり、浮動票が影響しやすい総統選では負けても、立法委員選挙では過去に一度も民進党に遅れは取ってこなかった。

 しかし、結果的には、113議席のうち、民進党は68議席を獲得。ヒマワリ運動の参加者が主体となってつくった新政党「時代力量」も5議席を獲得し、台湾の主体性や独立を求める人々の勢力は73議席となり、全体の3分の2に接近している。これこそ今回の選挙の最大の「異変」かもしれない。

 では、民進党勢力と国民党勢力との間で、でこれだけの差を広げたものは、何だったのか。馬英九総統の対中接近路線にノーを突きつけた、と見る人もいるだろう。台湾の人々のバランス感覚としては、確かに、その部分もあったと思う。しかし、台湾において、まったく不人気で支持率が10%を切っているために「9%総統」と悪口を言われた馬総統にとっては唯一、世論調査で「評価する」が50%を上回ったのが中国政策だった。

 そのため、対中接近が不満で国民党が敗北したと言い切ることは論理的に難しい。中国への嫌悪感は社会に広がってはいるが、かといって中国と縁を切れとか、日本のように中国崩壊論の本が売れるような状況にはなく、依然として数十万人が台湾から中国にわたってビジネスに従事するなど、経済での一体化は日本の比ではない。

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野嶋 剛(のじま・つよし)

ジャーナリスト

1968年生まれ。朝日新聞入社後、シンガポール支局長、台北支局長などを経験。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『ラスト・バタリオン 蔣介石と 日本軍人たち』(講談社)、『映画で知る台湾』(明石書店)など。

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