あの負けがあってこそ

2017年6月21日

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 大山峻護(おおやま しゅんご)は、元総合格闘家である。現在は、企業などを訪問し格闘技の要素を取り入れたプログラム「ファイトネス」で心と身体の健康増進のトレーニング指導を行っている。また、子どもたちに夢や希望を語る「夢先生」(日本サッカー協会主催)のような講演活動にも取り組んでいる。

 大山の表情豊かな語り口は、人を惹きつけ笑いも誘うが、その競技人生はあまりにも壮絶だ。

 記録よりも記憶に残るアスリートの「あの負け」に迫りたい。

大山峻護さん

PRIDE参戦、失明の危機

 2001年 PRIDE初参戦で「PRIDEミドル級絶対王者」とも呼ばれたヴァンダレイ・シウバと対戦し、2戦目はブラジルの強豪ヴァリッジ・イズマイウとの試合が組まれた。どちらも壮絶な試合となったが、デビュー2戦にして2敗。プロの格闘家として苦いスタートとなったが、そこへ追い打ちを掛けるような現実が待っていた。

 視力の異常に気付いた大山が眼科医を訪ねると右目の「網膜剥離」と診断された。失明の危険さえあるプロとしては致命的ともいえる大怪我である。

 「僕は人に勇気や感動をあげたいと思ってプロの格闘家になりました。PRIDEのリングに上がって、これからというときに、そのリングから離れなければならなくなって、かなり落ち込みました。戦いたいのに何もできない。そんな自分を支えてくれたのがファンの方たちです。ありがたかったですね。早くリングに戻って恩返しがしたいとそれだけを考えていました」

 手術を終え、身体を動かせるようになるまで半年あまり。最低限のトレーニングからスタートして、大山は大声援に迎えられ約1年ぶりにPRIDEのリングに戻った。対戦相手は格闘技ファンにはお馴染みグレーシー一族のヘンゾ・グレーシーである。

 大山にとって全てが大事な一戦なのだが、この網膜剥離からの復帰戦は特別な意味を持っていた。

 「この一戦は勝つことだけを考えて戦略的にいく。何よりも勝つことに意味がある。それが苦しい時を支えてくれた人たちへの恩返しだと思って試合に臨みました」

大声援から大ブーイング、天国から地獄へ

 大山は勝利を最優先に冷静に試合を組み立てた。

 結果は判定勝ち。PRIDE初勝利をもぎ取った。判定とはいえ格闘エリートのグレーシーに勝ったのである。プロとしてその1勝の意味は大きかったはずだ。大山は支えてくれたファンや仲間への思いを勝利という形で示した。

 しかし……

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