あの負けがあってこそ

2017年6月21日

»著者プロフィール

不安と希望、悪循環の中で

 大山の競技人生は順風満帆なときなど一度もなかった。幼少期に柔道と出合い、それ以降怪我との闘いになった。

 中学、高校時代は不安の中で喘いでいた。闇が深く希望という光を探しているような時期だった。国際武道大に進学したあとも、ライバルがひしめく中で自信を失い不安に押しつぶされそうになった。勝って抜きんでたいと懸命に努力すればするほど負けてしまい、焦れば焦るほど怪我をするという悪循環に陥った。

 そんな大山を支えていたものは、強いものへの憧れである。

 

 幼少期はウルトラマンや仮面ライダーであり、成長するにつれアントニオ猪木や前田日明、長州力といったプロレスラーに変わり、柔道では古賀稔彦へ憧れを抱いた。そして最終的に憧れの対象が桜庭和志となって人生を変えた。

 大山曰く、格闘技のセンスがなく、小さい頃から怪我の繰り返しで前に進んでいる感覚はなかった。ただ、いつかは、必ず! という自分に対する可能性だけは信じて疑わなかった。どんなに怪我をしても、どんなに負けようとも、ゆらぐことなく自分を信じることができた。

 「僕には憧れる存在があって、自分もそうなるんだと信じて、突き進んだ人生なんです。思い続け、信じ続け、やり続けるという、普通の大人たちのような論理的な思考がなくて、良くも悪くも、なるんだという思いが強いだけでここまできました。子どものころの溢れる思いのまま、根拠のない自信でここまできました。笑っちゃいますけど、単なる思い込みです。それがあったからこそ、プロに転向して、網膜剥離になっても腕を折られても大丈夫だと思えたんです。周りからバカだと思われようと、必ずできるという強い思い込みだけで格闘人生を生きてきたし、それで今の自分があります」

 それは両親の影響だろうか、という質問に、

 「小さいころから両親は僕に好きなことを好きなようにやらせてくれました。それは僕のことを信じてくれていたからだと思っています。学生時代に落ち込んで母に電話すると『絶対に大丈夫だから!』と言ってくれたので、それで安心することができました。小さい頃からその繰り返しです。両親は僕の可能性を信じてくれていると思っていました。それがあって、自分でも自分を信じることができるようになったのかなと両親に感謝しています」

ミルコに勝てば過去を変えることができる

 左目の網膜剥離からの復帰戦はミルコ・クロコップだった。失礼な言い方ながら、本人も認める格上の相手である。

 大山の対戦相手はビッグネームが多い。それだけ大山がファンの期待に応えられる選手だということなのだが、マッチメイクに考慮しなければならない点はなかったのだろうか。復帰戦だからこそ意味があるのだろうか。それがプロだと言われればそれまでなのだが、大山はその点について、こう答えてくれた。

 「大山なら断らないだろうとマッチメイクされたのかもしれませんが、自分にはできるという思い込みが運を引っ張ってきてくれたと思っています。網膜剥離からの復帰戦がミルコ・クロコップとは、今思えば凄いマッチメイクだと思うのですが、当時は、チャンスが来たと思いました。ミルコに勝ったら、過去をすべてひっくり返すことができますからね。勝ったら変わる。勝ったら変わる。とそれだけを考えていました」

 そして結果は?

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る