2024年7月27日(土)

厚生労働省

2023年10月19日

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残業時間が減り、長時間労働の解消が進んだものの、多様な人材が意欲を持って活躍できる働き方・休み方改革にまで至っていない企業が少なくありません。働き方や休み方を変えることで、目指すべきゴールはどこにあるのか。人的資源管理やダイバーシティ&インクルージョン研究の第一人者である東京大学名誉教授の佐藤博樹氏にうかがいました。
※ 本記事は厚生労働省「働き方・休み方改革推進に係る広報事業」の一環として掲載しています。

働き方の「量」だけではなく「質」にも目を向ける

 

―最初に、働き方・休み方改革がなぜ必要か、教えてください。

佐藤 平成30年に「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が成立し、労働基準法等が改正されたことなどを受けて、働き方改革は、中小企業を含む多くの企業にとって必須の課題となりました。しかし、法対応のためだけに、働き方・休み方改革を進めるのではありません。多様な人材がイキイキと活躍できる組織にするためにも、働き方・休み方改革が重要なのです。

―残業時間の上限規制が企業に浸透し、長時間労働の抑制も一定程度進んでいるように見えます。

佐藤 よく誤解されますが、残業削減が、働き方改革の目的ではありません。働き方改革を実現して、その結果として残業を削減することが大事です。働き方改革の目的を残業削減と誤解している企業が多いのですが、それは「狭義の働き方改革」です。もちろん、健康を害するような長時間労働や法違反は、即座に解消が必要です。

 働き方改革で大事なのは、時間意識の高い働き方へ転換し、「メリハリのある働き方」や「柔軟な働き方」を実現し、多様な人材が活躍できる職場とすることです。残業削減ではなく、仕事が終わらなければ残業で対応すればよいという、安易な残業体質の解消です。

 また、「柔軟な働き方」の実現では、フレックスタイム制など出退勤時刻の自己選択やリモートワークなど働く場所の自己選択も大事です。所定労働時間の短縮では、短時間勤務だけでなく、短日数勤務として「選択的週休3日制」などを導入する企業も出てきています。

佐藤氏提供資料 写真を拡大

―なぜ多様な人材が活躍できる働き方への転換が必要なのでしょうか。

佐藤 男女ともに、仕事と育児・介護・治療などの両立など、仕事以外に取り組む必要がある人や、リカレントやボランティアなど仕事以外に取り組みたいことがある人が多くなってきています。そのような状況の中で企業に求められることは、「仕事と仕事以外の生活を両立しながら誰もが活躍できる職場づくり」です。こうした多様な人材が活躍できる職場を実現できた企業は、人材確保にも貢献できます。

 また、これまでは、「時間はいくら使ってもいい」と考えがちでしたが、時間は「有限な」経営資源の一つです。時間投入量を増やしてアウトプットを増やすのではなく、限られた時間でいかに質の高い仕事をするか、つまり時間当たりの生産性の向上に目を向ける必要があります。

 そのため、管理職や担当職などすべての社員が、時間は有限であることを自覚して、限られた時間の中で成果を出す働き方への転換をしなくてはなりません。労働時間の削減は、目的ではなく、働き方改革の結果として実現できるのです。

―働き方・休み方改革を通じて、企業は社員の生活の充実にどのように貢献できますか。

佐藤 多様な人材が活躍できることに加えて、働き方改革の結果として削減できた時間を、仕事以外のことに費やせる時間として社員に還元し、「社員の生活を豊かにする」ことが求められます。

―「社員の生活を豊かにする」とは、具体的にはどのようなことですか。

佐藤 例えば、子どもと夕食を一緒にとったり、遊んだり、リカレントのためにビジネススクールに通う、ボランティア活動に参加するなど、平日にも仕事以外でやりたいこと、やらなくてはならないことをするための時間が確保できることです。

 もちろん、必要な残業はありますが、毎日の残業が必要でしょうか。例えば、小学校低学年の子どもがいる人が、2時間残業して21時過ぎに帰るとすると、平日は子どもと一緒に夕食をとることができません。残業を1時間に減らしたとしても、帰宅できるのは20時で、おそらく子どもが夕食を終えた頃でしょう。そうすると、家事育児の分担も偏ってしまいます。週に1回、平日にビジネススクールに通いたいと思っても、毎日1時間でも残業があると無理ですよね。残業時間を半減しても毎日、残業があるのでは、社員の生活は変わりません。

 例えば、週2日は残業せず定時で帰る日として、残業は別の日にまとめて行う。さらに、働き方の柔軟性があれば、フレックスタイムを活用して出退勤時間を変えたり、週に数回は在宅勤務をしたりする。そうすれば、平日にもゆとりができます。働き方を変えることで、社員の生活を豊かにすること、これが働き方改革で本来目指すべき姿なのです。

 社員の中には、残業代が減って得をするのは会社だけだと思っていたり、残業代が欲しいのではなく、いい仕事をするために残業しているのに、それができないのは納得がいかないと感じたりする人もいます。働き方改革は社員の生活を豊かにすることにつながるものだという認識を社員の間に浸透させることが大事になります。働き方改革が成功している企業では、働き方改革で削減された残業代を、働き方改革に取り組んで成果を出した職場の社員にボーナスとして還元したり、社員の教育訓練費に組み入れたりしています。

 

経営者は「うちの業界は他とは違う」を言い訳にしない

―働き方改革で経営者に求められることは何でしょうか。

佐藤 大きくは2つあると思っています。1つは本気度を社員に示すことです。例えば、経営者が変わっても、働き方改革だけは止めないというメッセージを出し続けることです。

 もう1つはビジネスモデルの改革です。よく長時間労働を解消できない理由として、業界固有の事情を挙げ、実際に「うちの会社の業界は他とは違うから」と話す経営者もよく見かけます。しかしそうした業界でも働き方改革を実現している企業があるのです。実際、建設、運輸、飲食、宿泊といった長時間労働が多いと言われる業界でも、働き方改革に取り組み、成果を出している企業があるのです。

 例えば、建設資材のリースの会社では、取引先との対話を繰り返しながら、休日の業務は受けないことについて理解が得られた企業のみとの取引に限定したり、社員が複数の業務を担当できるよう多能化したりするなどによって、残業時間を大幅に削減し、年次有給休暇の取得100%を達成しています。この成果をアピールすることで、新卒採用では人気企業で、人材確保に貢献できています。人手不足が深刻な企業ほど、実は働き方改革や休み方改革で人材確保力を高める施策が求められるのです。

 さらに、社員の働きぶりの評価では、働いた時間ではなく、時間当たりの成果で評価するなど、人事制度や職場風土を変えていくことも重要です。

 ある企業では、単純に売上額だけで営業職の業績を評価していましたが、これでは短時間勤務の人が不利になるため、実労働時間当たりの売上額で評価することにしました。そうすると、短時間勤務の人も公平に評価されるようになり、モチベーションの向上につながりました。また、評価の仕方を見直すことで、利益率の高い仕事の獲得を重視するように営業職の行動の変容にも貢献しました。

 

管理職も自らの働き方改革に乗り出すべき

―企業の管理職にはどのような役割が求められますか。

佐藤 管理職の働き方改革も必要です。特に課長などの中間管理職は、本来は部下に任せる仕事を抱え込んでいることが多く、長時間労働になりがちです。しかし、働き方改革に積極的に取り組んでいる企業でも、管理職も働き方改革の対象としているところは少ないです。

 これからの時代、多様な人材が活躍できるようにすることが重要ですが、管理職があまりにも多忙では、男女問わず「あんな働き方はできないから管理職にはなりたくない」と思うでしょう。管理職の魅力を高めるためにも、管理職の働き方改革を進めていかなければなりません。管理職への女性登用を拡大するためにも管理職の働き方改革が不可欠です。

 現在管理職に就いている世代では、長時間労働が評価されて管理職になった人も多いと思います。しかしこれからは、管理職自身が、定時退社日を設けるなどして働き方を改革し、それを通じて、仕事のみの生活を変えることが求められます。

 また、管理職が連続休暇を取得することも重要です。例えば、管理職が土日を含めて連続して9日間の休暇を年2回取るようにすれば、管理職が休んでいる間の対応について、事前に準備する必要があります。この取組が働き方改革や部下の育成につながります。管理職がいなくても仕事が回る組織であることは、リスクヘッジにもつながります。

 管理職の働き方改革では、業務の棚卸が有効です。担当している仕事の中で、部下に任せるべき仕事を抱え込んでいるケースが多い。これを解消するためには、部下に任せるべき仕事は、部下が担当できるように部下の人材育成とセットで取り組むことが大事です。

―働き方改革を進める中で、部下の育成にかける時間が以前のようにとれない難しさもあると聞きます。部下の育成の仕方に関して、何かアドバイスはありますか。

佐藤 部下の育成では、仕事に時間をかけることが成長につながるわけではないことが大事です。限られた時間の中で、どう仕事を進めるかを考えさせるほうが部下の育成につながります。高校野球もそうですが、練習時間をやたらに長くしても体を壊すだけです。選手それぞれが、自分の弱点を分析して、それを克服する練習プログラムを自分で考えるほうが成長に貢献します。部下の育成についても同様に、限られた時間の中で、仕事の仕方を部下に考えさせる方が、成長につながります。

―これからの管理職に求められる働き方はどういったものでしょうか。

佐藤 これからは、管理職自身が、仕事以外のことで生活を楽しみ、そうした姿を部下に見せることも大事だと思います。仕事を最優先し、長時間労働している人が「いい社員」ではなく、仕事だけでなく、自分の生活を大事にしている人がいい社員だというメッセージを発信できるかどうかが鍵になると思います。

 また、管理職が普段の業務に忙殺されていては、学びの機会を得られず、新たなアイデアが生まれません。先日、ある企業の管理職研修で、話題の生成AIについて聞いたところ、驚いたことに、参加者25名のうち、試みに使ったことがある人はたった1人でした。経済や社会の動向に常に関心を持ち、今の仕事に関係がない事柄にも好奇心を持ち続け、学ぶことを続けることができる時間的なゆとりが大事です。

佐藤博樹氏 東京大学名誉教授。専門は人的資源管理やダイバーシティ経営など。1981年(昭和56年)、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得。内閣府・男女共同参画会議議員、内閣府・ワーク・ライフ・バランス推進官民トップ会議委員、経済産業省・新ダイバーシティ経営企業100選運営委員会委員長、経済産業省・なでしこ銘柄選定基準策定委員会委員長などを歴任。