時間外労働の上限規制に正面から取り組む100年企業
2019年4月から始まった「働き方改革」。いくつかの法改正のなかでも特に注目を集めたのが時間外労働の上限規制だ。しかし、運輸・建設・医療の3業種はそもそも長時間労働を前提としているうえに、上限制限が社会活動に大きく影響し、対策も容易ではないことから5年間の猶予が設けられた。これが「2024年問題」の始まりだ。
そして今年4月、ついに3業種での時間外労働の上限規制がスタートした。ただし、スムーズに走り出したという話は聞こえず、その実態はまだはっきり見えてきていない。
そうしたなかで、ドライバー不足や配送の遅れなど深刻さを増す物流業界の課題と正面から向き合って、2024年問題に風穴を開けた企業がある。山九株式会社(以下、山九)だ。創業は1918年。当初から運輸、建設、メンテナンスに取り組んできた「100年企業」だ。
モーダルシフトによるメリットを信頼する顧客と共有する
山九のグループ会社で陸上輸送を専門とする株式会社サンキュウ・トランスポート・中部(以下、STCB)は、40年ほど前からアルミ専業メーカー・アルテミラ製缶株式会社(以下、アルテミラ製缶)のアルミ製飲料容器を、岐阜県美濃加茂市の岐阜工場から佐賀県三養基郡の倉庫まで陸送してきた。STCBにとっては最大の顧客だ。
しかし、「働き方改革」が始まったときから、STCBの藤井一輝氏は、ドライバーのなり手不足、協力会社の廃業を目の当たりにし、「5年もしたら貨物が届かなくなってしまう。何か手をうたなければ」と危機感を抱いたという。そこで、モーダルシフト、つまり輸送手段の転換を模索し始めた。とはいえ、一人で奮闘しても道はなかなか開けず、親会社である山九に相談。ここで船舶による輸送の可能性が見えてきた。山九はすでにアルミ缶の海上輸送の実績があったのだ。
山九は2021年にアルテミラ製缶に対し輸送手段を船舶に変えることを提案。アルテミラ製缶の牧野賢氏は、「我々の顧客は、北海道から沖縄まで広範囲にわたるため、船に対する抵抗感はなかった。ただ、品質の低下は絶対に避けなければならないと考えた」という。
その一方で、海上輸送にすればドライバー不足という不安定要素を排除して安定した配送が可能となる。CO2削減にも貢献し、環境保全とサステナビリティに配慮した企業として投資家や就活生に対するイメージアップにつながるなどのメリットも多い。
山九は、牧野氏が危惧する船の揺れによって缶にへこみや傷がつくといった品質低下の可能性、リードタイムの延長など、改善すべき点と真正面から向き合うことにした。
長年にわたる両社の信頼関係によって、将来の安定した輸送のために、課題を検討し、一つ一つクリアしていく協力体制が構築されていった。
関係者すべてを巻き込んで最善の体制をつくり上げる
山九はまず、海上輸送でも品質を落とさないことを実証すべく、実験に取り掛かった。トラック荷台に振動計を取り付け、それぞれアルミ缶を九州まで運んだ。これにより、海上輸送のほうが振動が少なく、品質低下の可能性が低いことを実証した。
こうした過程を経て、提案から2年後の2023年4月から、実運用を始めた。特筆すべきは、海上輸送を担う近海郵船が、一般のトラックより長い13メートルの専用シャーシ7台を新たに製造したことだ。近海郵船はその費用も負担した。シャーシの床にはローラーをつけて貨物がスムーズにトラック内に運び込まれるようにした。山九の小林洋氏は、「アルテミラ製缶様だけでなく近海郵船様も巻き込み、三者で輸送システムの構築を進められたことが、今回の成功につながった」と振り返る。
美濃加茂市の工場からアルミ缶をSTCBのドライバーが集荷して福井県の敦賀港へ運び、RORO船にシャーシを積む。博多港へ運ばれたシャーシは、同じグループ会社で九州を拠点とするサンキュウ・トランスポート・九州のドライバーが受け取り、倉庫へ。ここで点検後、飲料メーカーの充填工場へ運ばれる。
現在、海上輸送は週3回で、1回の輸送時間は約20時間、佐賀県の倉庫への搬入は出荷から3日目となる。トラック輸送なら13時間で到着するため、リードタイムは1日延びたが、牧野氏は「想定したうえで運用しているので、問題ない」という。
費用面においても海上輸送のほうが高いのだが、1回の輸送量がトラックより1.3倍と多いため、その分が相殺している。現在、岐阜〜佐賀の輸送の7割程度が海上輸送に置き換わっている。
経験に裏打ちされた3つのアドバンテージ
2024年問題に対する山九のアドバンテージは3つある。ネットワーク、品質管理、経験に裏打ちされた提案力だ。
サンキュウ・トランスポートはSTCBを含め太平洋側を中心に6社ある。この6社が連携すればスイッチ輸送ができる。たとえば、岐阜工場から九州行きの製品で船舶の出港スケジュールに合わないものについては、岡山(岡山支店)でトラックをスイッチし陸上輸送で対応している。
また、「我々が考える品質とは、お客様から預かった貨物を預かった状態で片方のお客様に届けること」と小林氏がいうように、顧客のサンプル品を車両に積んでラッシング(貨物の固定・保護)方法や緩衝材の研究をするなど万全の品質管理体制を敷いている。さらに、全国に広がる協力会社約300社は、決められた仕様を守って山九の品質を保持している。
一般貨物だけではなく、危険物や重量物の輸送、グローバルな物流体制の提供など、100年間培ってきた経験値やノウハウを活かして、国内外の物流に新たな提案ができるのも山九の強みだ。
もう1 つ、山九はDX化推進のために2023年10月にハコベル株式会社へ出資を決めた。ハコベルは、全国のトラック輸配送事業者をネットワークでつなぎ、必要なときに輸配送サービスが利用できるマッチングサービスと、従来業務を刷新するDXシステムを提供している。デジタル化による輸送の新たなビジネスモデルが、山九の事業をより強固なものにすると期待されている。
藤井氏は「運送会社と顧客が同じテーブルについて物流を考えるようになった。これは業界を変えるチャンスだ」という。牧野氏と小林氏も「物流を変えるキーワードはパートナーシップだ」と指摘する。
今、山九はモーダルシフトやデジタル化によって生まれた人材と時間を他の仕事に当て、2024年問題を大きなチャンスに変えようとしている。