管理職も含めた全社的な働き方改革を実現するために、そして働き方改革を企業の成長につなげていくために、大切にしたい視点や考え方は何か。長年、管理職の役割について研究を続ける法政大学キャリアデザイン学部教授 坂爪洋美氏と、IT業界において先駆的に人的資本経営に取り組むSCSK株式会社人事本部 DEIB・Well-Being推進部長 井出和孝氏が対話を重ねました。
※本記事は厚生労働省「働き方・休み方改革推進に係る広報事業」の一環として掲載しています。
健康と利益のどちらかを選ばざるを得なければ、健康を選ぶ
坂爪 働き方改革は進んできているものの、階層別に見ると、管理職の労働時間は長めであることなどが、各種の調査結果から分かっています。また、管理職は働き方改革を推進する立場でもあり、部下の残業削減や年次有給休暇取得促進のために、管理職が部下の仕事を引き取っている様子もうかがえます。
管理職の働き方に無理が生じている背景には、管理職の役割が高度化していることや、プレイングマネジャーとしての役割が求められていることもあるでしょう。例えば、1on1の導入は、マネジメントの高度化の一例ですが、10人を超える部下との対話を1人で担うこともあり得るわけです。社員でありながら、働き方改革の担い手でもある彼らは、“管理職なのだから仕方がない”という思いを抱き、それを見ている非管理職は “あんな働き方はしたくない”と管理職への昇進を望まなくなる。まるで管理職になることが罰ゲームであるかのような、負の連鎖が生じています。管理職が自身の働き方を見直しながら、職場全体の働き方を変えていくことが必要でしょう。
SCSKさんでは、管理職と非管理職の働き方改革が同時に進みましたが、なぜそれが可能だったのでしょうか。
井出 トップが社員全員の健康を最重要事項と位置づけたことが大きかったと思います。当社はIT企業なので、「人」そのものが資産になります。役職に関係なく、誰もが健康でなければ、最良のパフォーマンスは発揮できません。「最終的に健康と利益のどちらかを選ばざるを得ないなら、健康を選ぶ」とトップが明言し、その姿勢を社員が共有しています。「システム開発は24時間対応が当たり前」というIT業界ならではの風潮がありましたが、そこを抜本的に変えようと、トップダウンで改革を始めたのです。
2011年に2社合併でSCSKが誕生したとき、経営理念と共に「私たちの3つの約束」の一つとして、「人を大切にします。一人ひとりの個性や価値観を尊重し、互いの力を最大限に活かします。」を明文化し、2013年には「スマートワーク・チャレンジ20」を始めました。これは、平均月間残業時間を前年度平均比20%削減する「20時間以内」を達成し、「20日」ある年次有給休暇の100%取得を全社員が目指そうという取組です。目指すところはスマート、つまり賢く効率的な働き方です。
管理職のマネジメントだけに頼るのではなく、組織として取り組む
坂爪 管理職自身が、長時間働く中で自分自身の能力を高め、成果を上げてきたと感じているなど、長い労働時間に一定の価値を見出しているケースも存在します。SCSKさんではどうだったのでしょうか。
井出 スマートワーク・チャレンジでは数値目標を掲げていますが、個々の社員ではなく、組織に目標の達成を求めています。取組の一つとして、残業時間削減や年次有給休暇取得に関する目標達成に対する賞与加算によるインセンティブがありました(現在は基本給への組み込み)が、それは組織に適用され、目標達成の責任は、管理職ではなく組織を主管する役員が負います。大胆な決断は、役員でなければできません。
当初は「クライアントの仕事を中断して帰宅するのはいかがなものか」といった現場のハレーションも一部でありましたが、トップダウンの取組を強力に進め、インセンティブも提供することで、この取組はコスト削減目的ではなく、本質的な働き方改革であるという意識と、「働き方を変えても仕事が回る」という実感が社員にも浸透しました。
坂爪 SCSKさんの取組は、残業時間の数値を減らすことだけを目的とするのではなく、労働時間の土台となる仕事のあり方から見直したことや、管理職の部下マネジメントだけに頼るのではなく組織として取り組む、しかもより幅広い権限を持っている人が介入する仕組みである点が特徴的だと思います。
井出 ただ、ミクロな現場では魔法の策があるわけではなく、日々、地道に課題を潰していくしかないのだと感じています。朝会や夕会でメンバーの残業予定を確認し、残業の原因に対する改善策を皆で出し合うといった取組です。誰か一人だけが仕事を抱え込んでいる状況が起きないように、管理職も積極的に調整することが必要です。
坂爪 企業の研修で管理職の方と話をすると、皆さん孤独だと言うのです。削減目標を達成するために部下の仕事を自分で巻き取る方がまだ楽だと考えている。他の会社さんへのアドバイスとしてお聞きしたいのですが、管理職ばかりが疲弊するという状況を変えるには、どうしたらよいと思われますか。
井出 そもそも仕事はそんなに簡単に減らせるものではありません。細かな業務の洗い出しに始まり、減らすべき業務についての議論があります。そこで、経営や上位の管理職層による判断が重要になります。プロジェクトの重要度を判断し、大胆にマンパワーを振り分ける。それは、経営や上位の管理職層にしかできないことです。
また、業務品質の管理をマネジメントだけに任せるのではなく、トラブルが起きないように仕組み化することや、トラブルを組織で察知できるような工夫も重要でしょう。
働き方改革を企業の成長につなげるためには
坂爪 管理職を含めた働き方改革を進めるには、経営層の覚悟と関与が求められることをあらためて感じました。一方で、経営層は利益も追及する必要があり、働き方改革が企業価値の向上につながるストーリーを描かなければならないでしょう。
井出 SCSKの存在意義は、コアコンピタンスであるIT技術を活用して社会に価値を提供し、社会課題を解決することです。それを生み出すのは社員であり、社員がいきいきと100%の力を発揮してくれることが、長期的な企業価値の向上につながるという考えが根底にあります。逆に社員が疲弊しているのであれば、最優先で改善すべき課題だと捉えることができます。加えて、IT業界は人手不足の状況にあり、人材を獲得・確保するためには、明るい未来を感じさせる会社であることが不可欠です。働きやすさという土台があることではじめて、働きがいを追求できると考えています。
また、業績の向上を考える時には、日々の業務のコントロールというミクロレベルでも、経営戦略としてのマクロレベルでも、「選択と集中」が非常に重要でしょう。本来取り組むべきこと、実現したいことに投入するための時間を確保するためにも、不可欠な視点だと思います。
坂爪 働きやすい環境は、今や“OS”であると考えられるのではないでしょうか。ただし、それだけでは十分とはいえません。“ゆるブラック”という言葉が聞かれるように、自律的なキャリア形成を望む社員は、働きやすさだけでは不満を覚えるでしょう。管理職にも、それぞれに部下が働きがいを実感できるようモチベートするという任務が求められています。職場の成果を上げるうえで、管理職が果たす役割は広がっています。
働き方改革は、業績を上げる土台、かつ中長期的な人的資源の確保という2点において、必要です。硬直的な働き方や、長時間残業の蔓延は、多様な人材の活躍を阻害し、人材確保を難しくします。
では、働き方改革が業績を上げる土台となるためには、何が必要でしょうか。一つは、「残業時間の削減を働き方改革の最終ゴールとしない」ことです。働き方改革を通じて仕事のあり方を見直していくことが、業績向上の土台作りとなりますが、働き方改革の推進を、管理職が部下の仕事を巻き取って表面的に残業時間を削減するといった帳尻合わせ方式にしてしまうと、管理職を疲弊させることになり、その結果、管理職がダウンする、管理職への昇進を避ける若手が増える、といった新たな問題が生じてしまいます。
もう一つは、社員の主体性の向上です。働き方改革を進めることは、職場の成果の上げ方を「苦しさに耐え抜きながら」から「余力をマネジメントしながら」に変えることです。苦しさに耐え抜いて成果にたどりつくことを「職場の日常」の前提条件とすることには無理があります。「余力のマネジメント」とは、決して「手抜き」のことではなく、「余力」を明日の仕事のエネルギーにする、学習に使う、新たな仕事に投入する、といったことです。こういった主体的な行動をする社員の存在が、働き方改革の推進を業績につなげるためには必要です。容易ではありませんが、ぜひ併せて取り組んでいただきたいと思います。
井出 企業文化を変えることはとても大変なことです。根気強く課題と向き合い、小さなことから実行していくことが働き方改革の根幹にもなります。できることからやっていくことが、様々な変化につながっていくのではないでしょうか。