ある成年後見人の手記

2017年8月17日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

 私は2016年9月に山口支局長としての3年間の務めを終え東京に戻った。年が明けて17年1月4日付で、松尾由利子の姪・平田毬子から封書が届いた。血族たちの中で、平田とは電話や手紙のやりとりが続いていた。今回の手紙は次のような内容だった。

─―昨年暮れぎりぎりで皆様からの返事が来まして、ようやく一件落着しました。松尾様との引継ぎの際に申されていました謝礼の件、皆様にお伝えしました。その結果、総額135万円を協力していただくことができました。協力いただいた方は(中略=平田のほか遺産相続権を有する血族9人を列挙)。送金したいのですが、振込先等をお報せ下さいませ。よろしくお願い致します。
※振込手数料の864円は差し引かせていただきたく思います─―

 葉書で振込先を伝えると、12日に134万9136円が指定口座に振り込まれた。素直に頂くことにした。全額を私用に費消するには、何か引っ掛かりがあり、温かくなる春分の日前の3月17日、夫婦で神戸を訪れ天上寺に参り、松尾行人、由利子夫妻の霊を弔った。

 6月24日には、平田毬子ら福岡、宮城、神奈川の3県に住む血族4人が初めて天上寺に参った。平田から電話があり、「立派なお寺で感心しました。いとこたちにも初めて会えて、これも由利子さんの功徳です」と喜びの声を伝えられた。

 謝礼の話は、平田ら血族と接触した当初から相手方から出ていた。これに対し、私は姻族には相続権が無いことを述べ、もしも謝礼を頂けるのなら血族の総意に基づくことを確認してほしい旨を強調していた。神戸家裁などから「強要」のようなあらぬ疑いを掛けられたら面倒だからである。

 しかし、現実に謝礼を手にできるとは思っていなかった。極めて複雑な思いで取り組んだ血族たちへの遺産引き渡しだが、彼らの信頼も得られたのかと安堵し、大団円にたどりつけたのだなとの思いをかみしめた。

 松尾由利子が、09年1月に街頭で倒れて始まった成年後見制度に絡むつづら折りのストーリーは、14年10月の由利子の死後も長らく終わらなかった。筆者が血族代表に遺産を振り込み、覚書を受領したのが15年3月、血族が遺産を分け筆者への謝礼を振り込んだのが17年1月。

 63歳となった今、もう一度後見人を引き受けるかと問われれば、無理だとしか答えようがない。同じようなプロセスを踏むかと思うと、様々な理不尽に耐え抜いていく体力と精神力と知力を保てていけるか、自信がないのである。

司法だけでは対処できない

(iStock.com/kazoka30)

 私の成年後見人としての体験は個別の一例に過ぎず、千差万別の後見人の境遇を普遍的に代表できるものではないことは承知している。だが、成年後見制度の改善へのケーススタディーの素材にはなるはずだ。2つの公式データを見ていただきたい。

 内閣府の『高齢社会白書』(2016年版)は、12年に462万人だった65歳以上の認知症患者が、25年には675万〜730万人に急増すると推計する。私は25年9月で72歳になる身だから、この急上昇カーブにはとても敏感にならざるを得ない。

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