ヒットメーカーの舞台裏

2010年9月14日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

包装紙もおなじみ。不二家の大ヒットロールケーキ「ミルキークリームロール」

 シンプルさが受け、今やロールケーキは洋菓子の激戦区になった。その市場で、不二家は超ロングセラー商品のブランドを生かしながらヒットにつなげた。来年には発売60周年を迎えるソフトキャンディー「ミルキー」の持ち味をロールケーキに展開した。ミルキーと同じデザインの包装紙を使い、両端をねじるパッケージングも面白い。価格は1000円。中央にどっしりとクリームを配している。口にすると「あっ、これは」と思わず頷いた。もう何十年も食していなかったのに、舌はミルキーの味を覚えていた。

 2009年10月の発売後は、さほど宣伝もしなかったがネット上の口コミなどで一気に認知されていった。ピークの今年正月には全国で1日2万本が売れ、5月までの販売実績は計画を3割近く上回った。

 開発を担当したのは洋菓子事業本部生産本部製品開発部の商品課課長、橋詰明子(40歳)。1992年に入社し、商品を実際に作り上げる研究開発部門や、その前段階の企画開発部門に従事してきた。94年発売の「ペコちゃんのほっぺ」など人気の洋菓子を幅広く手掛けた実績がある。

ミルキーのイメージ
「白」へのこだわり

 ミルキークリームロールの開発に着手したのは09年春。その直前にはミルキーブランドの新展開として「生ミルキー」も登場し、人気を得ていた。橋詰にはこれまでにないプレッシャーがかかっていた。「当社を背負って立つブランドなのでお客様の期待値は高い」からだ。しかも、打って出る市場は競争が日々激化している。橋詰にはロールケーキで、あまりいい思い出はなかった。7~8年ほど前の企画担当時代に、さまざまなロールケーキを商品化したことがあった。「今月のロールケーキ」と称して、季節にあわせたものを毎月出す取り組みもした。しかし、「これが当社のオリジナルロールというものは出せなかった」と振り返る。

 ほかのケーキやパフェなどの新製品で味わった達成感は、ことロールケーキでは消化不良のままだったのだ。重圧を感じながらも、橋詰のなかでは徐々にチャレンジ魂が膨らんでいった。会社は、業績も消費者からの信頼もまだ回復途上にある。重圧に押しつぶされている場合じゃないし、やり残したロールケーキで完全燃焼する好機と、前向きに考えるようにした。商品イメージを固めるために、橋詰は今一度「ミルキーとは?」と自問してみた。幼少時には恐らく、誰もが一度は口にしたことのあるキャンディーであり、ケーキにしたときも万人に受けるものにしたいと考えた。色はミルキーそのものの「白」にこだわり、外側のスポンジも中のクリームも白で統一することにした。

 かつてのロールケーキ作りではスポンジ生地やクリームに色々こだわってみたこともあったが、「むしろシンプルにすることでミルキーのイメージが出せる」と思いついた。ところが、白いスポンジは意外と難しかった。焼き加減で色が変化しやすい。焦げ色を抑えるために焼きが足りないとコシが弱く、変形しやすい生地になってしまう。製造現場の協力を得ながら、商品化までの半年間にわたって試作を繰り返した。

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