チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年10月8日

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富坂 聰 (とみさか・さとし)

ジャーナリスト

1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、豊富な人脈を活かした中国のインサイドリポートを続ける。著書に『苛立つ中国』(文春文庫)、『中国という大難』(新潮社)、『中国官僚覆面座談会』(小学館)、『ルポ 中国「欲望大国」』(小学館新書)、『中国報道の「裏」を読め!』(講談社)、『平成海防論 国難は海からやってくる』(新潮社)、『中国の地下経済』(文春新書)、『チャイニーズ・パズル―地方から読み解く中国・習近平体制』(ウェッジ)などがある。

 つまり同じ問題がそう遠くない将来にまた起きる可能性が高いのだ。想定されるこんな事態に対して日本ができることは何か。

 1つは短期的な問題として、海保の仕事の明確化である。少なくとも政治が判断すべきことを現場に任せるのは、無責任である以前に危険である。仮に逮捕に至るケースでも、融通の利く政治にはその影響を最小限にとどめるツールがある。何より少し落ち着いた現在こそ、日中間で最低限の安全装置を構築しておかなければならないはずだ。つまり、海保は、法に基づいて粛々と逮捕する。そして、その後の扱いは政治で詰めればよく、現場での政治判断を切り離すべきなのだ。

 加えて重要なことは長期的な対応だ。日本の国益を考えれば、最優先課題は実効支配を固めることだ。

尖閣問題でほくそ笑む中国海軍

 今回の事件を通じて見えた中国側の対応には3つの特徴がある。1つは中国が発言とは裏腹に日本の実効支配や中間線をある程度黙認していると考えられることだ。そしてもう1つは一般の中国人の反応が極めておとなしかったことだ。中国国内ではこれを「中国人が個人主義、現実主義になって政治への興味を失った」とも解釈している。そして3つ目は、軍の沈黙だ。南シナ海の問題ではあれだけ強く発言していた軍が、不思議なことに尖閣の問題では静かだった。それはなぜなのか。

 沈黙の理由は1つではないが、その最大の理由は「すでに目的を達したから」だと考えられる。軍は大幅な予算増額を既に勝ち取り、その額は「海軍で対前年比プラス三五%」(軍関係者)とさえ言われている。中国で、「(尖閣の)事件で本当に勝ったのは、アメリカと人民解放軍」と皮肉に語られるのはこのためだ。

 軍は対日関係でこそ沈黙を守ったが、いまその動きは非常に活発だ。

 「動きの中心は瀋陽軍区と南京軍区。瀋陽軍区には6月だけで党中央軍事委員会の副主席が2回も視察に行っています。郭伯雄上将が6月8日。徐才厚上将が25日です。これは北朝鮮をにらんだ動きです。そして南京軍区にも徐上将が六月から尖閣問題が吹き荒れた9月の間に2回も訪れています。人事を担当する徐上将が動いているということは再編の可能性が考えられます。恐らく東海艦隊を中心に海軍が大規模な再編に入る。その予兆と考えて間違いないでしょう」

 郭伯雄と徐才厚といえば現在の人民解放軍を支える双璧だ。南シナ海問題を契機に自分たちの存在感の拡大を狙っていた軍は、今回の一連の問題を契機に、まんまと海軍予算の獲得と海軍の大規模再編という国内での陣地拡大を達成したようだ。つまり、尖閣問題は、これ以上、軍が騒ぐ必要もなくなった決定的な一打となったのだ。

尖閣諸島買取計画は実現するか?

 間もなく日本側もこの変化に対し備えを見直さなければならないはずだ。それはすなわち実効支配の現実をより一歩前に進める必要が出てきたことを意味している。具体的には日本が自民党政権下で進めてきた与那国島への自衛隊駐屯、さらにはその先にある尖閣諸島への隊員派遣を進めることだ。中国側の海軍力増強に合わせて日本も動くという相乗的な関係を作る意味でも、日本がしつこいほど中国の海軍力増強の意図を質し、懸念を伝え続けることが必要だろう。

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