「オーストラリアでは、ジェネラル医が子供の風邪やインフルエンザに薬を出してくれないんですよ。水分をとってゆっくり休みなさい、というだけで。だから妻が過剰に心配して、咳をしている子に近づくな、学校に行くな、と子供にいう始末で……」
先日、オーストラリアに出張した折、インフルエンザの世界的流行が話題にのぼり、日本人駐在員からこんな内輪話を聞いた。
以前、本欄でご紹介した『医者は患者をこう診ている』(河出書房新社)(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10219)にもあったように、イギリスのプライマリ・ケア制度は、GP(General Practitioner:家庭医・総合診療専門医)と呼ばれる医師がまず診断し、必要に応じて専門医に紹介するしくみになっている。この駐在員の話では、オーストラリアも同様で、まず「ジェネラル」と呼ばれるドクターに診てもらうのだという。
日本と医療制度が異なるのみならず、決定的に違うのは、安易に薬を処方しない、という点だろう。
「いやいや、必要のない薬を飲まなくてよかったですよ。子供に抗生物質を与えると常在菌が乱されて、その後の肥満やアレルギー、自閉症などにも影響するといわれていますよ」と、私は答えた。
「内なる細菌」に影響を与え、そのはたらきを撹乱する
抗生物質の過剰使用がもたらす抗菌薬耐性菌の問題が、世界的に指摘されて久しい。「二〇世紀後半から今日まで続く医学上の偉大な進歩の大半は、抗生物質の開発によって触媒されてきた」のは事実だが、いまやその乱用が薬剤耐性菌を生み、多くの死者を出しているのだ。
「抗菌薬耐性細菌のために、現在世界全体で毎年七〇万人が死亡している。現在の状況がこのまま続くとすれば、二〇五〇年には、その数は一〇〇〇万人に及ぶだろう」
抗菌薬耐性についての検証チームを率いた元ゴールドマン・サックスのエコノミストによる2014年の報告書を、本書は紹介している。
「最も死亡者数が多くなると予想される地域はアジアで、四七〇万人。アフリカの四一〇万人がそれに続き、ヨーロッパやアメリカでも、それぞれの地域で毎年三〇万人近い人が、抗菌薬耐性細菌が原因で死亡することになるという」