補講 北朝鮮入門

2018年5月4日

»著者プロフィール
閉じる

礒﨑敦仁 (いそざき・あつひと)

慶應義塾大学准教授

1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て2015年から現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。

[執筆記事]
著者
閉じる

澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 南北首脳会談翌日の朝鮮労働党機関紙『労働新聞』(4月28日付)の紙面は目を引くものだった。全6ページの新聞の1〜4面に大小の写真計61枚を使い、「全世界を大きな衝撃と熱狂、歓呼と驚嘆で沸かせた」と評価しながら会談の概要を伝えたのだ。北朝鮮の金正恩国務委員長と韓国の文在寅大統領が署名した「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」も、「完全な非核化を通じて核なき朝鮮半島を実現する」という部分を含め全文掲載した。

(写真:代表撮影/AP/アフロ)

 金正恩委員長の父である金正日国防委員長は2000年と2007年に韓国大統領と会談している。その時と比べて目を引くのは、韓国の大統領を対等なカウンターパートとして認める姿勢だ。金正日時代には、形式的な「国家元首」である金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長と韓国大統領の会談がセットされた。そして『労働新聞』の報道や会談に伴う儀典では、韓国大統領と対等な相手は金永南委員長であることが強く示唆された。ところが今回は、文在寅大統領のカウンターパートとなったのは金正恩委員長だけで、金永南委員長は単なる随行者として扱われた。二人で手を取って軍事境界線を越えるパフォーマンスや橋の上に置かれたベンチで話し込む姿を公開した姿からも、韓国大統領と格を争おうとする姿勢をうかがうことはできなかった。

 そうした変化の背景には、現実を受け入れるという金正恩流の合理主義があるのかもしれない。現在の北朝鮮の国力を考えれば、韓国を共産化して統一するという従来の「赤化統一」路線に現実味はない。むしろ当面は、韓国との平和共存によって体制護持を目指すという現実的判断が背景にあるのではないか。平和共存する相手だから、自らと同格の国家指導者として認めるという姿勢だ。

 非核化に関して注目すべきなのは、北朝鮮が4月に政策路線を変更したことだ。経済建設と核開発の両方を追求するという「並進路線」は終了し、経済建設に総力を挙げるという新路線が朝鮮労働党中央委員会全員会議(総会)で決まった。この会議では核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の凍結も打ち出されたため、そちらに関心が集中してしまったのだが、この路線変更の持つ意味は大きい。

 今回は、南北首脳会談への評価を行ったうえで、北朝鮮の路線変更について考えてみたい。

新味なかった「板門店宣言」

 「板門店宣言」の中身に新味はない。過去に南北間で合意された内容や従来からの北朝鮮の主張が多くを占めているからだ。「完全な非核化を通じて核なき朝鮮半島を実現する」ことが明示されたが、具体的な内容はなかった。踏み込んだ議論は米朝首脳会談に回し、今回は前哨戦としての役割に徹したといえる。今回は南北の共同作業で世界に平和をアピールし、米朝会談に向けて弾みをつけたことに意味がある。韓国側がトランプ大統領に配慮したという側面もあるのだろう。

 南北間の経済協力についても新味はなかった。南北の鉄道と道路の連結が具体的な経済協力プロジェクトとして挙げられたのが目につく程度で、基本的には、ほとんど履行されなかった2007年首脳会談(金正日国防委員長・盧武鉉大統領)の合意を再確認するに終わった。国連安全保障理事会による厳しい経済制裁がかけられている現状では、合意しても履行が難しいと判断したとみられる。

関連記事

新着記事

»もっと見る