2024年5月9日(木)

佐藤忠男の映画人国記

2011年4月1日

 香芝市出身で元近鉄バッファローズの吹石徳一の娘が女優の吹石一恵。地道に演技を磨いてきて昨年の劇場映画版「ゲゲゲの女房」の主演で批評家たちの注目を集めた。さわやかで味のある好演だった。

 天理市出身では山村聰(1910~2000年)がいる。東大のドイツ文学科を出て新派劇の俳優になるという変わった経歴で、中年になって映画に転ずると知的で重厚で頼もしい男という役どころで超売れっ子になった。しかしいい人物だけでなく、ちょっとひねくれた人物をやらせるとさらに印象的で、小津安二郎の「宗方姉妹」(1950年)で妻の田中絹代をいきなり平手で叩くニヒルな夫は、人間の心の闇の深淵を一瞬かいま見せて、アッと驚くほどの名演であった。じつはこの作品、以前ニューヨークのリンカーン・センターで行われた小津安二郎全作品上映のシンポジウムに招かれて、たまたま外国人の小津ファンたちと一緒に見直したのだが、およそ小津作品では想像もしなかったような戦慄が場内をかけめぐる感じで、みんなあっけにとられていたものである。静かなおさえた内面的な演技から突然激烈な感情が噴き出したからである。

 監督では奈良市出身の高橋伴明が重要な存在である。「TATOO<刺青>あり」(1982年)、「光の雨」(2001年)、「BOX 袴田事件 命とは」(2010年)など、インディペンデントの社会派映画で活躍している。

 安田真奈はOLをしながら映画の監督をやって「OL監督」などと呼ばれたが、「幸福のスイッチ」(2006年)など、その日常的な生活感覚が良さである。

 もうひとり、監督で井筒和幸が大和郡山市の出身。「ガキ帝国」(1981年)から「のど自慢」(1999年)まで、滅法威勢が良く元気がいい。テレビのトーク番組の発言者としても遠慮会釈のないコメントで人気を得ている。私はたったいま、奈良では遠慮がちな表現が似合うみたい、と書いたばかりなのだが、井筒和幸は全くその逆だ。表現をおさえるどころかとことん盛りあげる。奈良的な性格とか表現があるわけではないのだから、これはあたり前と言うべきか。どこにだって多様な個性はあるわけだ。

 彼は暴力描写にはとくべつな冴えを発揮する。京都を舞台に日本人不良高校生たちと朝鮮学校生たちの抗争を描いた純情な青春映画でもある「パッチギ!」(2005年)やお笑い芸人を上手く使った「ヒーローショー」(2010年)などがその代表作である。(次回は福島県)

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