河瀨直美監督の「沙羅双樹」(2003年)は奈良市を舞台にした劇映画で、きれいな町並みやこざっぱりした路地裏などがたくさん撮られている。しかし名所だらけのこの都市なのに、そういうところはひとつも出てこないのが逆に非常に興味深かった。誰でも知っているようなきれいに整えられているそんな所より、むしろ裏通りでさえ品のいいたたずまいを保っている。それが由緒ある古都の気位というものなのだと言いたげなところさえあって、奈良の出身である監督の郷土によせる愛着や自信はそんな撮り方にくっきりと出るものだ。彼女の演出は、内側に強い気持ちがあっても表面的にはあくまでひっそりとしているところに特徴がある。重要なセリフさえメリハリなど利かせず、小さく遠慮がちな感じで呟くように言わせる。それは一種のリアリズムであるのだが、なんとなく奈良という古くてゆかしい土地柄に合っているような気もする。最新作はドキュメンタリーの「玄牝―げんぴんー」(2010年)。古い伝統的な出産法を試みる医師と妊婦たちを静かに見つめて感動的である。
尾野真千子はこの河瀨直美のカンヌ国際映画祭カメラ・ドール受賞作「萌の朱雀」(1997年)で女優としてデビューし、やはり河瀨の2度目のカンヌ受賞(審査員特別グランプリ)作「殯〔もがり〕の森」(2007年)で主演した。西吉野村(現五條市)の出身。最新作には「小川の辺〔ほとり〕」(2011年7月公開予定)があり、いまや大きく開花しつつある。
尾野真千子(右下)は、藩命を受け、妹の夫を余儀なくされた侍・戌井朔之助(東山紀之)の妻を演じる。
2011年7月2日(土)全国公開
http://www.ogawa-no-hotori.com/
©2011「小川の辺」製作委員会
女優では新珠三千代(1930~2001年)が奈良市の出身である。清楚な着物姿でひっそり遠慮がちな風情でいる上品な良家の奥さま、というような役柄がいちばんよく似合う美人だった。「人間の条件」(1959年)の仲代達矢の妻の役など、剛直な主人公があくまで誠実に慕いぬく相手として申し分ない。もっとも彼女のいちばんの名演となれば「洲崎パラダイス・赤信号」(1956年)のとんでもないワルのお女郎さんの役を無視することはできない。なんでもやれるのが演技者である。