Washington Files

2018年12月24日

»著者プロフィール
著者
閉じる

斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

 国際秩序をかく乱し、同盟諸国を揺さぶり続けるトランプ政権の「アメリカ・ファースト」―。だが実は、今から70年以上前、かつて単葉機大西洋単独無着陸飛行を成功させ映画『翼よ、あれがパリの灯だ』の主人公にもなったアメリカの英雄チャールズ・リンドバーグが同じスローガンを掲げて政治活動をしていた。その結果は……。

 1940年9月、米国中西部のシカゴで、欧州の戦争に対する不干渉・不介入を唱導する政治団体が生まれた。その名もずばり「America First Committee」(略称AFC)だった。この組織は、設立後まもなく、賛同者が各州に広がり始め、ピーク時には全米で450支部、有料会員数も80万人に達する大組織となった。途中から組織の代表的“顔”としてニューヨーク、ロサンゼルスなど主要都市を駆け巡り、熱気のこもった演説で話題を集めたのが、世界に名をはせたあのリンドバーグだった。

1937年ドイツを訪問したリンドバーグ

 第2次世界大戦の発端となった欧州では当時、ナチス・ドイツおよびソビエト連邦軍によるポーランド分割後まもない1939年9月、これに反発する英仏両国軍が宣戦布告して一挙に戦線が拡大し始めた。そして翌40年6月には、ドイツがフランスを降伏させたのに続いて、一時はイギリスもドイツ軍の空爆にさらされるなど、同盟国のアメリカとしても座視できない重大な局面を迎えつつあった。

 こうした状況下で「欧州戦争」へのアメリカの不介入を前面に掲げて結成されたのが「AFC」だったが、リンドバーグはじめ組織の幹部たちはどちらかといえば、ナチス・ドイツに同情的立場を示し、米国内のユダヤ人の存在にも批判的だったといわれる。

 これに対し、同じ「アメリカ・ファースト」を標榜するトランプ大統領が今日、NATO(北大西洋条約機構)を軸とする西側同盟諸国との関係に冷水を浴びせる反面、ロシアのプーチン政権、北朝鮮の金正恩政権のような独裁体制に親近感を示すなどその共通点に注目する歴史家も少なくない。

 「AFC」は当時結成に際し、以下の4点を「基本方針」として掲げた:

  1. アメリカは難攻不落の自国防衛体制を確立することに全力投入する
  2. いかなる国、いかなる国家連合といえども、防衛体制を確立したわがアメリカへの攻撃を成功裏に収めることを許さない
  3. アメリカン・デモクラシーは「欧州戦争」から距離を置くことによってのみ維持されうる
  4. 戦争に至らない援助もわが国本土防衛を弱体化させ、アメリカを対外戦争に巻き込ませる恐れがある

 以上のように、同組織設立の狙いは、アメリカ国民に対し、風雲急を告げる欧州の戦況に振り回されることなく、独自に十分な安全保障体制を確立し、自国の繁栄に没頭すべきことを切実に訴え、政治行動を起こすことだった。

 とくに「AFC」は1941年に入り、ルーズベルト大統領がイギリスへの戦時物資支援のため船団派遣方針を決定するなど、米政府内で戦争介入への動きが高まってきたことを受けて、一層警戒感を強めつつあった。

 そうした中、同年5月、リンドバーグがニューヨーク・マジソン・スクエア・ガーデンで満員の聴衆を集めて行った以下のような演説は大きな関心を集めた。

 「われわれは、アメリカの独立した運命を信じるがゆえに本日、ここに参集した。それはアメリカの未来が、ヨーロッパの際限ないいくつもの戦争とはつながりがないことを意味する……われわれはアメリカにいる限り、恐れを抱くことはない。ふさわしい国家的指導者の下に、世界最強で最大の影響力を維持することが可能であり、ほかのどの国も太刀打ちできない。

 ただ今欠けているのは、アメリカを最優先するアメリカ・ファースト政策を明確に打ち出す指導者である。われわれはこのアメリカを世界諸国の模範国とし、この地域を侵略から十分守り、アメリカの理想を諸国に広げることが可能だ。そしてこれらはすべて、戦争を開始することなく達成できる事業にほかならない」

 当時、多くのアメリカ国民の間でも、大西洋をまたぐ欧州大陸での戦争に巻き込まれることを警戒する空気も広がりつつあっただけに、このような徹底した孤立主義の重要性を説くスピーチは、異彩を放ったことは事実だ。そして演説はラジオを通じて全米に実況放送されるほどだった。

 そこで次に、当時のこの「アメリカ・ファースト」のアピールを、今日の“トランプ版”と比較してみよう。

関連記事

新着記事

»もっと見る