Washington Files

2019年2月18日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

(iStock.com/flySnow/Purestock)

「壁」建設に固執するトランプ大統領と、次期大統領選で“台風の目”として注目されている民主党若手ホープのベト・オルーク前下院議員が11日、メキシコ国境の町エルパソの近接した二つの会場でそれぞれ大演説集会を開いた。オルーク氏が正式出馬表明した場合、大統領にとって侮りがたい挑戦者となりうるだけに、米マスコミは「エルパソの対決」を来年大統領選の前哨戦並みに大きく報じた。

 かつて筆者も取材で訪れたこともあるエルパソは、メキシコ国境までわずか1キロしかないヒスパニック中心ののどかな田舎都市で、すぐそばに両国を隔てるリオグランデ河が流れる。

「FINISH THE WALL(壁を完成させる)」のボードを掲げるトランプ支持者たち(AP/AFLO)

 米マスコミ各紙の報道によると、トランプ大統領が、再選に向け2020年選挙キャンペーンの事実上の“こけら落とし”となる今年初の重要演説先にエルパソを選んだのは、不法移民対策と壁問題の重要性を、象徴的な国境の町で改めて国民にアピールする狙いがあったとみられる。

 大統領は去る2日、米議会で読み上げた今年の一般教書の中で、全体の4分の1近くを不法移民問題に割いて演説したが、その際にも、エルパソについて言及「国境都市エルパソはかつて全米で最も危険な4都市のひとつとして悪名をとどろかせ、凶悪犯罪が頻発していた。しかし、今や強靭な遮蔽設置のおかげで最も安全な都市のひとつとなった」と持ちあげた。

 11日、現地のスポーツ・アリナの会場で約6700人の満員の聴衆を前に行った演説でも、大統領は「皆さんは、壁の有る無しで違いがはっきりする例はどこの都市だかすぐにわかるだろう。それはまさにここエルパソだ。かつては犯罪も深刻だったが、それが激減した……この都市に永年住む人たち誰もが、壁が出来て以来、状況が一変したと言っている」などと語り、地域社会の安全確保に壁が不可欠との自らの信念を改めて力説した。

 さらに「不法移民たちが正規の何百万人もの移民を含めアメリカ国民の生活を痛めつけ、賃金を低下させ、公的資源を吸い取り、無数の無実の市民の命を奪っている。だからわれわれは壁を作って来たし、これからも作り続ける」として白人保守層の感情に訴えた。

 ところが、一般教書演説の直後に、エルパソの犯罪激減と壁建設は実際にはほとんど無関係であることが判明、大統領は苦しい弁明に追われる結果となっている。

 CNNがFBIや地元警察のデータを根拠に繰り返し報じたところによると、エルパソ市の犯罪率は1998年をピークとしてその後は、下降線をたどり続け、2006年までの間に34%も減少した。しかも、同市のメキシコ国境沿いで、物理的な鉄壁や石壁ではなくフェンス工事が開始されたのは2年後の2008年であり、2009年には終了した。従って同市の犯罪低下と壁建設とは関係のないことが明白だという。

 犯罪率減少の理由としては、国境警備隊のパトロール強化と不法入国者発見のためのハイテク監視装置の設置などが挙げられており、地元紙「エルパソ・タイムズ」の調査によると、2006年からフェンス工事終了後の2011年の間にかけてむしろ犯罪率は17%も増加したことが明らかになっている。この間、遮蔽設置を理由に国境警備隊員の人員カットをしたことが、結果的に犯罪増につながったとされる。壁やフェンス設置が必ずしも犯罪低下につながっていないことを裏付けたかたちだ。

 また、大統領と同じ共和党のディー・マーゴ地元市長も「壁建設によってわが町が安全になったという指摘は間違っている」とCNNインタビューで語り、大統領見解に異議を唱え注目された。

 これに対し、大統領は「市長が共和党であれ民主党であれ、関係ない。彼らは、大うそつき(full of crap)だ」と最後は演説会場で開き直って見せた。

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