この熱き人々

2019年5月23日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 見事なエンターテイナーとしての夏井の原形は、ここにあったようだ。しかし、教師こそ自分の天職と言う夏井は、30歳の時に教師を辞めている。

 「子供2人を育てながら、朝早くから夜遅くまで頑張っていたんですけどね。ある日子供の通う幼稚園で、母親の絵を描かせたら『お母さんに長いこと会ってないので顔忘れた』と描けなかったって聞いて、ショック受けちゃってね。頭では辞めるしかないとわかっていたけれど、教師が好きでたまらなくて決断ができなかった」

 職を辞す決心のために、心のバランスをとる何かが必要だった。そのために「俳人になります」と宣言したのだという。それを聞いた当時の校長は「廃人」と勘違いして激怒したというが、確かにいきなりの俳人宣言には唐突感が漂う。夏井の人生のどこでどんな具合に俳句が入り込んだのかまだ見えない。

 「大学では藤原定家の歌などやりましたが、俳句には縁がなかった。俳句との出会いは教師になってから。新米教師は懇親会の係、ま、飲み会の世話係をやるんだけど、いつも遅れてくる教師がいて、間をもたせるために席順のクジでも作るかと思って、俳句を書いてその句からイメージできるワンポイントの絵と合わせるクジを作ったんです。最初は、歳時記の中から適当な句を選んで書き写していたんだけど、けっこう受けたので、もっと受けを狙いたくなって自分で内輪ネタで作ってみたのが、俳句を作った最初かな」

 え? それが俳句との出会い? 思わずズッコケそうになるが、飲み会の世話係が次の人に代わって席順クジ俳句を作る必要がなくなっても、俳句はやればやるほど面白くなって続けた。書店で立ち読みした黒田杏子(ももこ)の「はにわ乾くすみれに触れてきし風に」という句に感動して、勝手に師と仰ぎ、最初は独学で学んだという。

共に活動する夫の加根光男さんも俳人

 「体の中の好奇心が目覚め、それがまた次の好奇心を引っ張り出して、歳時記をめくっているだけで酒が飲めるみたいにのめり込んでいったんですね」

 夏井は、俳句は体の細胞や世界の見え方を変えると言う。確かに、夏井の毒舌の洗礼を受けたいという思いにかられ初俳句に挑戦しようと思った途端、道を歩いているだけでこれまで気づかなかった季節の気配が四方から押し寄せてくるような感覚を覚えた。目だけで見ていたものが、俳句という触媒によって頭の中でそれぞれの色合いで点滅し始めたような……。こりゃ脳の活性化になると実感している私は、すでにチーム裾野の一員か。

 夏井の目指す1億2000万人総俳人化計画は、着実に進行しつつあるのかもしれない。ただ、最近の「プレバト!!」でも、ランクが上がるにつれ昇格を目指し必死になっていく出演者の表情に、俳句の世界の持っていた内へ上へというベクトルが見えるような気がする。楽しさに目覚め始めた先に、深めたい、認められたいという思いが生まれ、それが俳句を苦しいものにしていくという人間の性(さが)のようなものがチラリと覗く。

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