昨年の大晦日、国民的番組のNHK紅白歌合戦の審査員席に、夏井いつきの姿があった。俳句の世界からの審査員は、1972年の中村汀女(なかむらていじょ)以来46年ぶりの登場。今や全国区の人気者といえる夏井を、人は「あの怖い毒舌の夏井先生」と呼ぶ。〝あの〟とは、TBS系の全国ネットで放送されている「プレバト!!」というバラエティー番組の、俳句部門の才能査定ランキングのことで、夏井は2013年から先生役を務めている。
老若男女、昔々に学校の授業で有名な俳人の句を習った記憶だけが残る程度の人までも巻き込む、全国的俳句ブームといわれる昨今。そのうねりを生み出した張本人ともいえる夏井は、放送で俳句を広めた功績で放送文化基金賞も受賞している。
俳句で腹を抱えて笑い転げるなど、これまではありえないことだった。前代未聞、まさに前人未踏の新天地。夏井は百戦錬磨の芸能人たちの句をバッサバッサと厳しく批評する。本当につまらん一句、幼稚な発想と他愛ない表現、陳腐の極み、キングオブ陳腐……忖度なしの酷評に一瞬強張った芸能人の顔は、何を言いたかったのかを夏井が聞き出して添削を加えていくにつれ、納得の表情に変わる。
普通、句会といえば俳句に興味があり、俳句のことを知っている人たちが少人数で集い、平等性と匿名性の前提で自由なやりとりを楽しむ遊び。俎上に載せられるのは選ばれた句であり一定以上のレベルのもの。
「才能なし査定のような句はそもそも上がってこない。だから『プレバト!!』が始まった頃は、何だこりゃ! でした。作者が何を言いたいんだか全くわからない。つまらない発想でもきっと言いたかったことはあったわけですよ。その思いがこの字面で実現できていないのはなぜかを分析して添削するのですが、もう添削すらできない!」
作品は事前に夏井のもとに届いても、作者が誰かは収録本番まで不明。本番で初めて作者の意図を知り、そういうことだったのかとたまげることもある。