2024年4月26日(金)

世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2019年6月11日

主戦場で日本はどう戦うか

 日韓関係は慰安婦問題をめぐって対立が激化し、止まる所を知らない。国内報道によれば、韓国の元慰安婦らによる2016年の日本政府を相手取った賠償請求訴訟をめぐり、日本政府は本年5月21日、韓国政府に対して、訴訟は却下されなければならないとの立場を伝えた。国際法の原則から日本政府が韓国の裁判権に服することは認められないことが理由だという。

 2015年12月末の日韓合意は、日韓関係改善の希望となったが、それもつかの間。日本にとっての頼みの綱だった日韓合意は、事実上無効化することとなった。同合意は韓国国内、特に元慰安婦女性やその関係者から大きな反発を生み、2018年11月21日、韓国政府は従軍慰安婦問題に関する2015年の日韓合意に基づいて同国政府が設置した「和解・癒やし財団」を解散すると発表した。

 日韓関係の悪化を象徴する現象は韓国側だけで起こっている訳ではない。サンフランシスコ市と姉妹関係にあった大阪市は、慰安婦像の市有化撤回を求めていたが、サンフランシスコ市がこれに応じず、大阪市は、同年10月には長年の姉妹都市関係を解消した。

 さらには、慰安婦像に加え、徴用工像の釜山・日本総領事館前への設置をめぐり、日韓間で大問題となっている。徴用工問題をめぐっては、最近では、いわゆる徴用工判決に対して、日本政府が日韓請求権協定に基づく仲裁付託を通告し、これを受け韓国外務省は本年5月20日、「慎重に検討する」とした。しかし、韓国政府側に具体的な動きは見られていない。

 歴史認識問題をめぐって、日韓関係は今もなお悪化の一途をたどっている。日本としては、韓国や中国の米国等における反日宣伝を見過ごしてはならない。慰安婦問題に関して、安倍政権が主張し、国際社会に対して発信に努めているものは、日本の「正しい姿」である。同政権の主張する「正しい」とは、「強制連行はなかった」、「軍の関与はなかった」、「20万人ではない」、「性奴隷ではない」といったことである。

 しかし、こうした「正しい姿」を国際社会に訴えかける際には、注意が必要である。日本と国際社会の間には、価値や問題の根源に対する理解をめぐって、未だ隔たりがあるように思われるからだ。

 日本にとっての「正しい姿」は、国際社会において理解されづらい。米国をはじめとする国際社会においては、慰安婦問題や歴史認識をめぐる問題は、現代の議論にもつながる「女性の権利」や「人権」の問題でもあるのだ。近年、♯Metoo等、国際社会において女性の権利が重要視されるようになってきている。慰安婦問題関連の日本の主張は、下手をすれば時代の潮流に逆行していると対外的には映ってしまう。

 イメージ戦略は、一歩間違うと、「プロパガンダ」と受け止められる。民主主義という価値の普及や伝統文化、ポップカルチャーといったいわゆるソフトパワーが国家のイメージ戦略に用いられる今日、そこに政治色を前面に押し出せば、プロパガンダと非難されかねない。

 とりわけ、「ジャパン・ハウス」のような外務省の日本の文化等、多様な魅力の発信拠点においては、設置当初から、領土や主権、歴史認識を巡る問題を取り扱うか否かといった議論があり、同様の観点から、取り扱いには難しさが残る。

 プロパガンダとは、冷戦期、東西両陣営が駆使した世論工作手法であり、そのネガティブなイメージを払拭するため、ソフトパワーを用いて世論に訴えるPDという今日的手法が誕生した経緯がある。

国際世論をめぐる争いには、PDをもって対抗すべき

 以上に鑑みれば、プロパガンダとしてとらえられる外交戦略は、現代の民主主義を重んじる国際社会では適切ではなく、時代遅れとなっているといえる。例えば、自らの立場を擁護する政治的メッセージを含む中国のPDは、米国で「プロパガンダ」と批判され、一部では嫌悪されている。こうした米国の反応を見ても、プロパガンダと認識されることの問題が理解できるだろう。

 米国で嫌われ始めたのは中国のPDだけではない。米国内では「韓国疲れ(Korea Fatigue)」も出てきた。韓国が慰安婦問題や日本海(韓国名:東海)呼称問題等で執拗な日本批判を行い、日本との首脳会談を拒否し続けるため、韓国に対して米国の当局者や研究者らの間で「いい加減にしろ」という感情が出現しているというのだ。

 米国世論を味方につけようとする日韓の対立は混迷を極める。米国において韓国が精力的になればなるほど、米国において様々な悪影響が生じると考えられる。悪影響とは、日本に対してだけではない。米国社会の嫌韓感情を助長する可能性もあるし、日本に対する悪いイメージが広がる可能性もある。米国内における韓国の日本批判は、今後の日米韓、さらには日米関係にも何らかの影響を及ぼしかねない。日本が韓国系団体やその関係の組織や個人の実態や動向、そして米国の有識者や市民の反応を敏感に察知し、対応を柔軟に政策に移すかが、今後の日米韓関係及び米国との関係において重要となろう。

 国際世論をめぐる争いには、PDをもって対抗すべきである。その際日本は、政治的メッセージを前面に押し出すことなく、しかし、政治的目標を達成しなければならないという難しい課題を克服しなければならない。そのためには、韓国のように、イメージを植え付けたり特定のアクターを非難するような手法に頼らないことが賢明である。また、従来の政府の政策広報や対外発信に加え、国内外の民間団体等とも連携しながら、経済・文化・教育・外交・安全保障に関するデータ等の客観的な根拠を基に、日本との協力の有用性を示せるような手法も有用であるかもしれない。日本には、決して感情的にならず、冷静かつ柔軟なPD戦略が確立されることが期待される。


  
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