WEDGE REPORT

2012年2月22日

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宮脇磊介 (みやわき・らいすけ)

初代内閣広報官。1956年東京大学法学部卒業後、警察庁入庁。静岡県警本部長、皇宮警察本部長などを経て、86年に、新設された内閣官房内閣広報官に就任。中曽根、竹下両総理に仕える。現在、世界平和研究所研究顧問などを務める。

 「ヴァルダイ会議」として知られるようになった会議でのことである。プーチンは2期目に入った04年秋から、自分の考えを世界の人々に理解してもらいたいと、毎年主要国のロシア専門家を集めた会議を持つようになった。実は、この会議でプーチンは05年、「大統領の任期中に露日間の領土問題を解決する」と述べている。しかも、翌年の会議では「これは、本気なのだ」とまで言明していたのだが、日本のほとんどのメディアからは、報道も反応も見出すことができなかった。

 もともと個人的に習得していた柔道などを通じて日本に強い関心を寄せていたプーチンが、大統領として初めて日本に接したのは、00年の沖縄サミットに招かれて来日した時だった。以降、プーチンは、高度な技術力に支えられて発展してきた日本の経済力に大きな魅力と期待を抱く。そして、経済危機から「強いロシア」に立て直すための構想、つまり、「東シベリア・極東開発」による21世紀型発展構想を固めたのに加えて、資源大国を脱し、物を作り、物が売れるという「産業大国」への転換を図ったのである。それには、日本の高度な技術力が不可欠である。

近年、領土問題解決の道から遠ざかる日露関係
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 見逃せないのは、プーチンが、これらの構想と「領土問題」をセットにして日本に臨むようになったことである。つまり、日本はロシアの国益にかなった努力と協力を行い、プーチンやロシア国民の心情を動かせば、領土問題解決へ向けた進歩を引き出せる状況にあると言える。

 ところが、プーチンの「ヴァルダイ発言」から今日に至るまで、事態はまったく進んでいないどころか、好転する兆しすら見えない。

 先述したように、ロシアは日本同様に「民主主義国家」なのだが、日本国民は、スターリン時代の血なまぐさい専制支配や終戦前後のロシア軍の数々の暴虐行為などへの抵抗感からか、ロシアに対して厳しい目を向けがちだ。それゆえ、日本の政治家がロシア問題で発言する際、TPOを考えずに公の場で「日本政府の基本的立場」を主張することがしばしばあり、物議を醸すことになる。ロシアでは、北方領土問題について、プーチン首相やメドベージェフ大統領のみならず、ジャーナリストや有識者、さらにはロシア国民までこぞって心の底から反発する言葉がある。「返還」「不法占拠」といった言葉だ。

 日本の立場からすれば、45年8月15日の「降伏宣言」後の8月18日から9月5日にかけて、ソ連軍が当時日本の領土であった千島列島に武力進攻して、日本軍と約1万7000人の日本人全員を追い出して占拠したことは、許しがたい暴挙である。これは、全日本国民が知っておかなければならない事実であり、ロシア国民に対して知らしむべき事実である。それゆえ日本ではこれまでなんら疑うことなく、「返還」と声高に叫ばれてきた。

 しかし、終戦前後にソ連が日本に対して行った、千島武力占拠、在満日本軍人・在住日本人のシベリア抑留と強制労働などの不法行為は、日本人が想像している以上に「ロシア国民はその事実を知らない」。ロシアにとって不利な事実をロシア政府自らが積極的に公表するはずはないからである。それゆえ、ロシア側にとって「返還」という言葉は、「獲られたものを取り返す」と意味づけられ、反発するのだ。

 日本の政治家は、こうした「(北方領土の)ロシアによる占拠は極めて遺憾」、「わが国固有の領土だ」、「不法占拠だ」、「四島返還せよ」といった発言を繰り返してきた。政治家にとってみれば、そうした発言は、勇ましい言葉であり、国民向けのアピールにもなり得る。だが、せっかくロシアのトップが領土問題解決への前進を図ろうとしている時に、日本政府トップの無知と心なき仕業に、自らの手で解決への道を閉ざしてしまったと言わざるを得ない。

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