チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年3月16日

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有本 香 (ありもと・かおり)

ジャーナリスト

企画会社経営。東京外国語大学卒業後、雑誌編集長を経て独立。近年とくに中国の民族問題の取材に注力している。『中国はチベットからパンダを盗んだ』(講談社)『なぜ、中国は「毒食」を作り続けるのか』(祥伝社)の他、近著に『中国の「日本買収」計画』(WAC BUNKO)がある。

 「チベット全体が巨大な監獄になったといえるでしょう。日常生活が「囚人」のそれのようだということです。移動の自由は制限され、いたるところでの警察による尋問、戸別訪問が日常化し、とくにお寺には、監視役や軍が常駐している。少しでも指示に従わなければ暴力を振るわれ、逮捕される。身に覚えのないことでの逮捕も珍しくなく、夜中に、民家へ突然、警察が踏み込んできて、就寝中の人を叩き起こし連行するようなことも珍しくなかったそうです」

 聞くだけで背筋が寒くなるような「日常」だ。しかもこの間、外国人のチベットへの立ち入りが厳しく制限されたばかりか、かなり長い間、多くの地域で、企業以外の国際電話やインターネットが遮断されていた。世界から隔絶された、まさに巨大な監獄……。そのなかでさらに、田舎に住む牧畜民・農民に対しては、彼らの日常を根こそぎ奪うといっても過言ではない、別の措置が取られていた。強制移住である。

飢えて死ぬか、アルコール中毒になるか

 「とくにアムド(現在の青海省)あたりで多かったのですが、(当局が)遊牧や農業で暮らしていた人たちを強制的に追い立てて、彼らの土地を奪ってしまったんです。わずかなお金とアパートを用意して。しかし移住先で彼らには仕事がない。物乞いでもするしか……」

 ラクパ・ツォコ代表の語るこのようなエピソードは、英国のテレビ局が制作・放映したドキュメンタリー番組の中でも克明に描き出されていた。『Undercover in Tibet(チベットでの極秘調査)』と題された番組は、08年以降、閉ざされたチベットで何が起きているのかを探るため、英国在住のチベット人青年が3カ月にわたり、当地に潜入した記録である。

 荒野のようなところに、殺風景に立ち並ぶコンクリート造の建物。その中へ移住させられた遊牧民たちは、仕事がないばかりか、毎日することがない。周囲に町もないから生活の糧を得る手段自体がなく、「飢え」が現実化している。時折、「配給」はあるが、十分ではなく、しかし、なぜか酒だけは多く配給されるため、アルコール中毒となる者がいるという。まるで、かつてアメリカ大陸で、ネイティブアメリカンの人々に対し行われたことを想起させるような残虐な光景。さらに、体の傷を見せながら、当局によって強制堕胎させられた体験を語る遊牧民の女性の映像もあり、まさに、現在進行形の民族浄化の様子が生々しく描かれている。警察等の追究を逃れながら、こうした現実をルポし続ける青年が、恐怖と緊張のあまり、時折激しい吐き気に襲われる様子も映像には記されていた。

 「この4年間に限らず、チベットでは長い間、中国共産党当局による遊牧民の強制移住が行われてきたのですが」

 とラクパ・ツォコ代表は表情を曇らす。結果、生活のすべてを奪われて、町へ出、物乞いや売春婦になるしかなかったチベット人がどれほど多くいたことか。そうしたチベット人の姿を、旅行者としてチベットを訪れた際に目にした日本人も少なくないのだが、残酷な強制移住は、21世紀になっても絶えることなく、地域によってはこの4年間に、大いに助長されてきたというのだ。当局側がそうまでする理由、目的は何なのか?

 「遊牧民から土地を取り上げる理由のひとつは、地下資源にあるようです。チベットには、百数十種類の鉱物資源が埋蔵されているといわれていますが、その採掘のために、各地で乱暴な土地の接収が行われてきたのです」

なぜ、僧侶が焼身を行なうのか?

 地元当局のやり方について、代表は続ける。

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