2024年5月20日(月)

Wedge REPORT

2020年11月30日

 筆者は埼玉県内にある陸上自衛隊の化学学校や化学部隊を取材したことがある。部隊は小さな実験室の片隅に置かれたガラス製の密閉容器の中で、サリンなどと同種の神経ガスを発生させ、無毒化する訓練を繰り返していた。解毒剤は実験で事故が起きた場合に備えていたからで、地下鉄の車内や駅構内を除染できたのは、訓練の結果だ。「国会では化学兵器を製造する恐ろしい部隊のように言われ、何度も悔しい思いをしてきた」──。地下鉄サリン事件の後で、筆者の取材に答えた部隊幹部(2佐)の言葉だ。

技術に民生と軍事の境界はない
双方の幅広い知識が不可欠

 世界で初めて化学兵器が無差別テロに使われたのが地下鉄サリン事件だった。そして悪用された軍事技術から多くの命を救ったのも軍事技術であった。我が国は生物兵器も化学兵器も保有しない。しかし、それら兵器の脅威から国民を守るためには、保有する以上に研究し、軍事の知識を積み重ねておく必要があることを、事件は証明したのではないだろうか。

 現在、日本をはじめ多くの国々が新型コロナウイルスに対するワクチン研究でしのぎを削っているが、それが生物兵器として軍事転用可能なことは、科学者であれば常識だろう。それでもワクチン研究が認められるのは、命を救うことのほうが大事だからだ。軍事用と民生用の境が極めてあいまいになった現代において、最も大切なことは、民生用に開発した技術であっても、軍事に転用できる可能性を、研究者自らが幅広い知識として持っていなければならないということだ。

 いつまでも軍事研究を忌避していては、知識を得ることなどできない。開発した技術がどのように応用され、転用されるのか……といった〝技術の出口〟について、研究者が確認できるシステムの構築こそ重要だろう。
 
 3年前の学術会議の声明に対し、一部の研究者からは「いかなる軍事研究もしてはいけないという考えを、すべての人に要求するのは、あまりに一面的だ」との批判もあった。正論だ。サリン事件の後、陸自化学部隊の存在を批判する意見は聞かれなくなった。学術会議も現実を直視し、思考停止にピリオドを打つ必要がある。

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■脱炭素とエネルギー  日本の突破口を示そう
PART 1       パリ協定を理解し脱炭素社会へのイノベーションを起こそう          
DATA            データから読み解く資源小国・日本のエネルギー事情        
PART 2         電力自由化という美名の陰で高まる“安定供給リスク”         
PART 3         温暖化やコロナで広がる懐疑論  深まる溝を埋めるには 
PART 4       数値目標至上主義をやめ独・英の試行錯誤を謙虚に学べ   
COLUMN       進まぬ日本の地熱発電 〝根詰まり〟解消への道筋は   
INTERVIEW  小説『マグマ』の著者が語る 「地熱」に食らいつく危機感をもて  
INTERVIEW  地熱発電分野のブレークスルー  日本でEGS技術の確立を 
PART 5         電力だけでは実現しない  脱炭素社会に必要な三つの視点  
PART 6       「脱炭素」へのたしかな道  再エネと原子力は〝共存共栄〟できる         

  
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◆Wedge2020年12月号より

 

 

 

 


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