2024年12月8日(日)

Wedge REPORT

2020年11月30日

 日本学術会議が推薦した新会員候補105人のうち、政府が法学者ら6人の任命を拒否したことが大きな問題となっている。同会議は「学問の自由を脅かす重大な事態だ」と批判、野党と一部メディアも強く反発している。政府には、任命拒否の理由をつまびらかにしてほしいが、同会議が「学問の自由」を標榜するのであれば、国民の安全に直結する安全保障分野の研究を忌避する姿勢についても、改めて説明が必要だろう。

10月1日に開かれた日本学術会議総会。推薦した会員候補者6名が任命されないまま、新たな会期を迎えた (THE MAINICHI NEWSPAPERS/AFLO)

 「改めて」と記したのは、防衛省が、2015年に軍事技術の基礎研究に資金提供する「安全保障技術研究推進制度」をスタートさせたことに対し、学術会議は17年、「学術と軍事が接近しつつある」との懸念を示し、同制度に反対の声明を出しているからだ。同会議は下表に示したように「戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わない」とする1950年の声明と、「軍事目的のための科学研究は行わない」とした67年の声明を「継承する」と強調し、大学などに軍事研究への慎重さを求めている。

(出所)学術会議資料等を基に、ウェッジ作成 写真を拡大

 こうした経緯だけを読めば、学術会議が軍事研究を忌避することに理解を示す向きもいるかもしれない。だが、同制度を巡る当時の議論は、AI(人工知能)や情報通信などの先端技術は、軍事用と民生用に分けることには無理があり、最新の科学技術はデュアルユース(軍民両用)化が前提でもある。これ以上、同会議が軍事研究に反対し続けることは、研究者の自由な発想を縛り、日本の科学を低迷させかねないという危惧が出発点であった。

 コンピューターやインターネットをはじめ、米軍の軍事技術の中核である全地球測位システム(GPS)は、カーナビに加え、地震や火山、海洋の観測、自動運転にまで広範に利用されている。部屋を自動で掃除するロボット掃除機は、地雷探査から生まれた技術であり、虫よけスプレーや食品ラップなども、軍事利用を目的に開発された技術が、私たちの生活を豊かに、そして安全にしている一例に過ぎない。

 電気やガス、交通などの社会基盤(インフラ)へのサイバー攻撃は、科学技術を結集して阻止しなければならない喫緊の国家的課題でもある。そうした現実を直視した議論であったが、学術会議は軍事研究に反対の立場を鮮明にした。これにより大学から同制度への応募件数は、15年の58件から、声明を出した17年には22件まで急減し、その後は18年の12件、20年は9件となってしまった。国内科学者の代表機関である同会議の意向には逆らえないということだ。中国をはじめ欧米各国がデュアルユースを念頭に、安全保障分野における研究者の自主性を重視している状況下において、日本の現状は、同会議によって、むしろ学問の自由が阻害されていると言ってもいい。

 今回の学術会議をめぐる問題は、発端が任命拒否であり、「論点のすり替え」との批判は甘受する。だが長年、防衛・安全保障問題を取材し、専門としてきた筆者は、同会議が軍事安全保障分野の研究を忌避し続けることを看過できない。そこで、1995年3月に発生した地下鉄サリン事件を取り上げ、事件を検証することを通じて、多くの読者の理解を得たいと思う。


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