ベテラン経済記者の眼

2012年10月23日

»著者プロフィール

 毎年10月の第2週~中旬は、ジャーナリストにとって落ち着かない日々の連続だ。ノーベル賞の各賞が順次発表され、日本人の受賞に注目が集まるからである。

 当然ながら受賞者は事前に全くわからないうえに、発表時間も日本時間の夕方から夜にかけての時間帯にあたるため、新聞やテレビの記者は、ニュースの締め切り時間が迫る中、短時間で多くの作業を迫られる。受賞者が外国人の場合はまだよいが、日本人が受賞した場合は大ニュースとなるため、事前の準備も必要で、様々な可能性を考えながら速報用の予定原稿などを多数用意する必要がある。

 しかし、結果次第では準備したことが全部無駄になる可能性もあることから、日本人の受賞に期待しつつも、何ともいえない憂うつな思いに襲われるのも事実だ。筆者もかつて経済学賞を担当していたので、この時期の気分はよくわかる。

準備万端だった山中教授の報道

 ノーベル賞は物理学、化学、医学・生理学、文学、平和、経済の6分野からなる賞だが、多くのメディアでは科学部が中心になって担当する。自然科学系の分野では、最近の優れた研究にノーベル賞が与えられることも多いため、ある程度受賞者を予想することも可能だ。文学賞や平和賞は日本人の受賞はまれで、経済学賞にいたってはゼロなので、予想自体が非常に難しい。

 今年は医学・生理学賞で京都大学の山中伸弥教授の受賞が決まったが、山中教授の場合は画期的な業績で、最近は毎年のように受賞の可能性が指摘されていたため、「ついにノーベル賞がやってきた」という受け止め方が強かった。このため各メディアも準備がよくできていたとみえ、新聞やテレビでは早い段階から研究内容などをしっかり報道していた。

 山中教授はiPS細胞の研究で既に世界的にも有名な研究者であり、これまでの報道で業績や人柄を多くの人が知っているということもあり、報道に大きな新味はなかった。それでも外科医としての挫折や、アメリカとの研究環境の違い、気分的に落ち込んだ時期があったことなど教授のさまざまな苦労話などは今回、筆者も報道で新しく知り、多くの人に感動を与えた。

 山中教授はまだ情報が豊富だったから良かったが、全く無名の研究者が受賞した場合などは大変だ。科学取材に詳しい記者の友人に聞くと、2002年に田中耕一さんの化学賞受賞が決まった時には、当然ながらどこのメディアもノーマークで、第一報を出すのに大変な思いをしたという。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る