障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2014年4月24日

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 弱視に不自由を感じていなかった川村は普通高校に進学した。そしてまた高校でも素晴らしい人間関係に恵まれたのである。

 「高校は英語科を選びました。画数の多い漢字はぐちゃぐちゃに見えてしまって読みづらいんですが、アルファベットは認識しやすいので、もともと英語を勉強するのが好きだったからです。読みやすい英語や数字だと勉強する気になりますし得意にもなります。文字が読みづらいという理由で国語は一番苦手な教科でした(笑)」

 「同じ中学から進学したのは10人くらい。他は知らない子ばかりなので不安もあったのですが、先生方がサポートしてくださったので勉強面では何も不自由はありませんでした。字がきれいな子と成績優秀な子を先生が選んでくれてノートを借りていたんです。それも当番制だったんです(笑)」

 こうした周囲のサポートがあって高校でも陸上競技を続けた。「記録としてはぜんぜんですが、陸上競技の楽しさは自己ベストが出た時の快感ですよ」と川村は言う。また、リレーや駅伝に出るのが好きだった。バトンや襷を繋ぐときの感動がたまらないという理由からだ。やはり性格的にはチームスポーツが大好きなのである。

鍼灸の効果を自ら実感
大学で資格取得へ

 そんな高校生活を送る傍ら、大学進学に関してはかなり早い時期から筑波技術大が選択肢にあがっていた。

 「『あなたはサラリーマンにはなれないから何か手に職をつけなさい』と両親に言われました。それで鍼灸マッサージの資格がとれる国立大学ということで筑波技術大。両親の気持ちの中では自分が中学時代から決めていたんだと思います」

 実は川村と鍼灸には別の縁もあった。

 「中学生の頃に膝を痛めて2週間ほど病院で治療を受けたことがあるのですが、全然良くならなかったんです。それで先生が『針を打ってみようか』と仰るのでお願いしてみたところ、それまでの2週間が嘘のように回復していったんです。治療の効果は絶大で、それを自分の怪我で実感しました」

 この体験が人体の仕組みや東洋医学へ興味を持つ基礎となった。

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