チャイナ・ウォッチャーの視点

2014年9月19日

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平野 聡 (ひらの・さとし)

東京大学大学院法学政治学研究科教授

1970年、神奈川県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学部教授。アジア政治外交史担当。著書に『大新帝国と中華の混迷(興亡の世界史17)』(講談社)、サントリー学芸賞を受賞した『清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解』(名古屋大学出版会)がある。

 基本的に言って、中国文明の歴史において歴史を表現することは、時の国家権力が時間軸を支配し解釈する権利を握ることと一体不可分である。したがって、各王朝ごとの歴史を集大成して通史を刊行するとなれば、国家の関与=圧力のもと謹厳な記述に終始しなければならない。したがって、どの歴史書も往々にして専門的・難解・無難のいずれかに帰着し、社会一般の幅広いリクエストに応えることは難しいという状況がある。それがますます現実の中国社会において人々と歴史を遠ざける(そこに中共の歴史プロパガンダがいとも容易く浸透する)結果もつながる。

 しかし日本は良くも悪しくも全く逆である。高度な専門書から分かりやすい概説まで、ハードカバーから新書・文庫まで、実に様々な形態で歴史書が流布し、しかも研究者が一般社会のリクエストに応えて難解な問題を解きほぐして闊達に論じることにも長けている。

 とりわけ講談社は『中国の歴史』出版に際し、個々の巻を担当する研究者が自らの研究の視角や妙味を自由闊達に語ることを推奨した。その結果『中国の歴史』は、中国文明において伝統的な「中原中心史観」ではなく、北方・西方・海域との多様な交錯を通じてダイナミックに歴史が動き、多様で魅力ある文化が生起したことを明快に示した。

 中国の読者が講談社『中国の歴史』に驚き、大いに歓迎して熱烈に読みふけったのは、まさに中国における諸制約とは関係なく説得力ある論旨が展開され、それによって中国人自身が中国の歴史により広い視野を持ちうるようになったからである。

日本の「中国史」から生まれるジレンマ

 しかし同時に、どれほど彼らが日本の中国研究を歓迎しようとも、ある決定的な遺憾が彼らに残ってしまう。

 まず、日本では計12巻本であったものが、何故中国では10巻しか出なかったのか。翻訳されなかった『巨龍の胎動 毛沢東vs鄧小平』『日本にとって中国とは何か』はいずれも近現代中国と日中関係をめぐる敏感な問題に言及しているからである。前者を執筆した天児慧・早稲田大学教授は、長年日中関係の改善のために発言を続け、中共党史を内在的に理解しようとしてきたものの、その天児氏の論考ですら翻訳が避けられたこと自体、共産党宣伝部による出版業界への急速な圧力の強まりを示唆するものである。日本人が現代中国をどう認識しているのかを知りたい読者は、そこでまず失望したはずである。

 そして、何よりも重大な問題として、日本では極めて説得的な中国論や、中国を題材とした文芸作品の名作が大量に存在しているにもかかわらず、何故中国には日本論・日本研究が長年欠如してきたのかという煩悶が湧き起こる。

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