ヒットメーカーの舞台裏

2009年8月3日

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池原照雄 (いけはら・てるお)

ジャーナリスト

1950年生まれ。専門紙や全国紙の経済記者として自動車、エネルギー、金融、官庁などを担当。00年からフリーになり幅広い執筆、講演活動を展開。著書に「トヨタVSホンダ」(日刊工業新聞社)、「図解雑学 自動車業界のしくみ」(ナツメ社)など。

 5人の女優が登場する「女流一眼」のテレビCMでお馴染みのデジタルカメラだ。画像は美しいが、重くて操作も複雑といったデジタル一眼の難点を改善した。シニア世代とともにターゲットとした女性の購入比率は3割と、既存の一眼カメラの3倍近くに達している。

女性の視点を最大限に生かして開発された、
パナソニック デジタル一眼カメラ
「ルミックス G1」

 ボディーの重さは385グラム。「極小・極軽量」とアピールするだけあって、レンズ交換ができる一眼カメラとしては確かに小さくて軽い。こうしたサイズや軽量化を可能としたのは、交換レンズやレンズを取り付けるマウントなどについてパナソニックとオリンパスが共同開発した「マイクロフォーサーズ」と呼ぶデジタル一眼用の新規格を採用したからだ。

 2008年10月発売の「G1」は、パナソニックにとってこの新規格の第1号となった。製品企画に参画したAVCネットワークス社(パナソニックの社内分社)DSCビジネスユニットに所属する西崎聡子(33歳)は、
ターゲットとする同性の視点を最大限生かしてこのカメラの熟成に貢献した。

 西崎は06年1月に、経験者を対象にしたキャリア採用でパナソニックに入社。新卒者の就職が「超氷河期」と称された00年に、大手カメラメーカーに入社して5年余りの経験を積んでいた。大学生の時にたまたま出向いた写真展で、「何でもない日常や風景を切り取って写真にする面白さ」を発見。カメラへの興味も募って就職先に選んだ。

 前の会社では取扱説明書など商品情報の制作に従事、「開発部門と隣り合わせ」の仕事をしながら、モノづくりやカメラそのものの基礎知識を蓄えていった。西崎が「次のステップとして商品企画をやってみたい」と考えていたころ、パナソニックがその職種を募集しており、門戸をたたいた。

 パナソニックは00年にデジカメに本格参入したばかりだが、後発のハンディを、増加していた女性ユーザーの開拓などで補う事業戦略を打ち出してきた。入社した西崎はコンパクトカメラのケースなど女性向けアクセサリー類の企画から新しい職場での仕事を始めた。「G1」開発への参画は、アクセサリーを担当した時にも取り組んでいたユーザー調査から入っていくことになった。パナソニックのデジカメの歴史は浅く、カメラ専業メーカーから転じた西崎は「ユーザー情報の蓄積があまりにも少ない」と課題を探り当て、率先して市場との対話に力を入れてきたのだ。

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