陸上選手として直面した世界の壁
転向で第二の競技人生歩む

ゴールボール日本代表 天摩由貴さん


大元よしき (たいげん・よしき)  ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

世界最高峰の障害者スポーツ大会『パラリンピック』を目指すアスリートたちの「乗り越えてきた壁」に焦点を当て、スポーツの価値や意義を問うと共に障害者アスリートを取り巻く環境について取材していく。

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『ゴールボール』一般にはあまり馴染みのない競技かもしれない。しかし、2012年のロンドン・パラリンピックで「日本パラリンピック史上初めてチームスポーツで金メダルを獲得!」と記せば、この競技への興味や見方が変わるだろう。

大よそチームで行う競技というのは体格に恵まれ、スピードとパワーに勝る国々にアドバンテージがあることが多い。ゴールボールも例外ではない。スピードとパワーは得点力に繋がり、身長の高さは守備力に大きく影響する。こうした点だけを比べれば日本人には不利な競技だと言わざるを得ない。

ゴールボール選手の天摩由貴さん

 チームスポーツの中ではよく日本人としての強みに「俊敏性」や「チームワーク(組織力)」、競技によっては「運動量」などが挙げられる(筆者はそこに創造力」も加えている)。

 これは国土も資源も少ない我が国が、世界に冠たる経済大国に成長を遂げた背景にある、知力と勤勉さと和を尊ぶ国民性に通じるものがあると考えられる。

 まったくの私見だが、身体的な不利を抱えながらもロンドンで成し遂げた快挙は、こうした日本人的な特性を最大限に活かした結果だと想像している。
研ぎ澄まされた感覚、静寂の中でのせめぎ合い、どちらも日本人に向いているのかもしれない。

 そのゴールボールは、第二次世界大戦で視覚に傷害を受けた傷痍軍人のリハビリテーションの効果を促進するために考案されたもので、1946年にオーストリアのハインツ・ローレンツェン、ドイツのセット・ラインドルの両氏によって競技として紹介されたのが始まりとされている(日本ゴールボール協会のHPより)。

 視覚障害者のための競技で、ルールは中に鈴の入ったボールを3人の選手が転がすように投げ合い、得点を競う競技である。コート上の選手は「アイシェード」と呼ばれる目隠しを着用し、完全に見えない状態になっているため、聴覚のみならず全ての感覚を研ぎ澄まさなければならない。

 ボールの重さは1.25kg、バスケットボールほどの大きさで表面はかなり固い。そのため、ユニフォームの下にプロテクターを装着して試合に臨む。

 コートの広さは18m×9m。その9mの幅全体に広がるゴールを、選手たちは全身を投げ出し、身を挺して守るのである。

 静かな体育館に響く「キュキュ!」という選手のシューズ音が、選手たちの緊張をリアルに伝えてくるようだ。

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「障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた」

著者

大元よしき(たいげん・よしき)

ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

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