武士道は、生きるための作法

『葉隠』が300年伝えてきたメッセージ【最終回】


青木照夫(あおき・てるお)
1938年、長野県生まれ。同志社大学法学部卒業。金融業に携わったのち、養蜂業を営む。青木養蜂園代表。
著書に『ビジネスに活かす乱世の帝王学』『性悪説の行動学』(産業能率大学出版部)、『いま、なぜ武士道なのか―現代に活かす「葉隠100訓」』(ウェッジ)他多数。

いま、なぜ武士道なのか

『葉隠』は、江戸時代中期に肥前国鍋島藩士・山本常朝が「武士の心得」について口述した書物。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の言葉が有名で、「鍋島論語」とも呼ばれ、広く拳拳服膺された。しかしその内容は、上司からの酒の誘いを上手に断る方法や、部下の失敗をフォローする方法など、現代のビジネスパーソンにも通じる処世訓も多く含まれ、現代人にとって金科玉条とすべき教訓に満ちている。(本コンテンツは、書籍『いま、なぜ武士道か―現代に活かす『葉隠』100訓』(ウェッジ刊)から一部を抜粋したものです)

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現代は、無意味なことばが氾濫する時代である。たとえば、企業の謝罪広告。謝れば済むでしょう、と言わんばかりである。警官の犯罪しかり、偽装問題しかり。いったい、国民の修身作法はどこへ行ったのか。
今回最終回を迎える本連載が、半年にわたって訴え続けてきたことは、生きるための作法である。もう一度、武士道を見直し、300年の風雪に耐えた高い道徳性や規範意識を取り戻そう。

 何事においても準備が大切である。スポーツでも芸事でも、ひのき舞台にあこがれる者は多い。しかし、そこまでくるのに、どれだけの努力があったかを知る人はすくない。それはちょうど花火のようなものである。一瞬に開く花火ではあっても、それをつくり上げるまでの作業は大変なものである。この準備の大切さを『葉隠』は説いている。

 翌日の事は、前晩より案じ、書きつけ置かれ候。これも諸人より先にはかるべき心得なり。何方へ兼約にて御出で候時は、前夜より向様の事万事万端、挨拶咄、時宜等の事迄案じ置かれ候。

 何方へ御同道申し候時分、御咄に何方に参り候時は、先づ亭主の事をよく思ひ入りて行くがよし、和の道なり。礼儀なり。又貴人などへ呼ばれ候時、苦労に思うて行けば座つき出来ぬものなり。さてさて忝〔かたじけな〕き事かな、さこそ面白かるべきと思ひ入りて行きたるがよし。

 惣じて用事の外は、呼ばれぬ所へ行かぬがよし。招請に逢はば、さてもよき客振りかなと思はるる様にせねば客にてはなし。いづれその座のすべを前方より服して行くが大事なり。酒などの事が第一なり。立ちしほが入ったものなり、飽かれもせず、早くもない様にありたきなり。又常々の事にも、馳走など斟酌を仕過ごすも却ってわろきなり。一度二度言うて、その上には、それを取り持ちたるがよし。計らず行き懸りて留めらるる時などの心得もかくの如きなり。

(現代語訳) 
翌日のことは、前の晩より考えて、書きとめておくのがよい。これも、万事人に先んじるための心得である。どこかへ約束があって出かける時は、前の晩より、先方のことをよく調べ、あいさつの言葉から、その場のことまで考えておきたい。

 どこかへお供をした時、またお話にどこかの家にお伺いする時は、まず先方のことを念頭において行くのがよい。これが和の道であり、礼儀というものである。また、身分の高い人などに招かれた時、気苦労に思って行けばうまく応対できないものである。これはかたじけないこと、さぞおもしろいことがあるだろう、と思って行くのがよいのである。

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「いま、なぜ武士道なのか」

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