足立倫行のプレミアムエッセイ

2017年1月31日

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足立倫行 (あだち・のりゆき)

ノンフィクションライター

早大政経学部中退後、週刊誌記者などを経てノンフィクション作家に。近著に『血脈の日本古代史』(ベスト新書)『倭人伝、古事記の正体』(朝日新書)。

 後を引く本、というのがある。

 年明け早々、どうにも気になって後を引き、2度、3度取り出して部分読みをしたのは、中屋敷均著『ウイルスは生きている』。

(iStock)

 昨年の講談社科学出版賞を受賞したこの本は、私が取材・執筆を担当している月刊『ウェッジ』2月号の新刊クリップで取り上げ、筆者の中屋敷さん(神戸大学大学院教授)の研究室も訪ね、ご本人から話を聞いた。

 新刊の著者インタビューの記事として、何とか仕上げたわけである。

 しかし、内容であるネオウイルス学は分子生物学でも最先端の領域。対して当方は100パーセントの文系人間。書かれたことを読んでも、直接言葉を聞いても、正直な話、概要を大雑把に理解するのがやっとだった(ただし、中屋敷さんの名誉のために申し添えておけば、文章そのものは一般向けに噛み砕いた大変読みやすいものになっている)。

 細菌よりも小さい存在であるウイルスは、一般的に人間には、インフルエンザやエボラ出血熱などを引き起こす病原体である。

 そして生物学の常識では、ウイルスは「生物」ではなく「物質」と見なされてきた。

 なぜなら、ウイルスは動物や植物など、生きた宿主の細胞の中に入ると増殖し、遺伝物質のDNAやRNAを持つので進化もするけれど、生命活動に必要な代謝(自己を維持するため、外部から物質を取り入れ、利用、排出する一連の化学反応)を行わず、純化すると結晶となり、ただのタンパク質と核酸という分子になってしまうからだ。

 つまり、「物質」と「生物」の境界にいて双方の二面性を有するのがウイルス、ということになる。換言すれば、「生命とは何か」を考察する上で重要な存在とも言える。

 近年、このウイルスに関して、さまざまな新しい事実がわかってきた。

  • 病気を起こさず、宿主と一体化したり、共生したりするウイルスが予想外に多い(ウイルス感染が宿主にメリットを与えている事例も少なくない)。
  • ウイルスは多くの生物のゲノム(核内のDNA染色体)に侵入しているが、その中にウイルスに似ているものの病気を起こさず、ゲノム上を移動する一群のDNA配列があり、移転因子と呼ばれている。
  • 哺乳類の胎盤には、母親の免疫システムによる攻撃から胎児を守る特殊な膜構造があるが、そのタンパク質はウイルス由来。
  • ヒトを含む脊椎動物は、無数といえる種類の病原微生物に対し、抗体による強力な抵抗性を発揮する(獲得免疫と呼ぶ)。そこでも転移因子由来の遺伝子が鍵を握る。

 こうした存在のありようから中屋敷さんは、ウイルスを「物質」ではなく「生物」ではないかと考えている。そしてさらに一歩進め、約40億年前に誕生して現在まで脈々と続いている地球上の「生命の輪」の中で、ウイルスは不可欠の重要な一員だと指摘するのだ。

 『ウェッジ』の記事では触れなかったが、私の胸に引っかかっていたのは、中屋敷さんが本の巻末に提示した生物学的人間像だ。

 中屋敷さんによれば、我々人間は、DNA情報からなる生物「ヒト」としての「生」と、脳情報からなる人格を有した「人」としての「生」、2つの異なった「生」を峻別することなく生きている、とのこと。

 人間は、同一のDNA情報を持った一つながりの細胞で構成され、一つの中枢神経系(脳情報)によって全体が統合されているので、自己を「個体」と認識しやすい。

 けれど、同じ多細胞生物である植物の場合、一部を切って挿し木にすると自己は複数になる。また接ぎ木では、異なるDNA情報を持つ「別個体」が一つの自己となる。

 細菌や微生物でも、「個体」から一部を取り出すと簡単に「別個体」として再生する。

 ということは、「個体」概念が成立するのは高等動物に特有の現象と言えるのでは? 

 もっとも、高等動物である「ヒト」にしても、体内に膨大な腸内細菌(10兆〜100兆個)を持ち、その力を借りて本来保有しないアミノ酸、ビタミンなど生命活動に不可欠な代謝物を作り出している。

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