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2018年6月20日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

産經新聞元論説委員長

産經新聞元論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

 トランプ大統領はどうやら、〝宥和主義〟の陥穽から抜けきれなかったようだ。いや、宥和主義などというたいそうなことではなかったろう。結果など二の次、ただただ「スペクタクル」(米の各メディア)を実現させることだけが目的だったのではないか。会談を開きさえすればいいという一点では、いわんや金正恩においてをや、だ。結果は周知のとおり。双方が所期の目論見を実現したとなると、もはや今後の進展は期待薄かもしれない。トランプ大統領の言葉とは裏腹に、今回が〝最初にして最後の会談〟になる可能性もある。そして北朝鮮の核、その脅威は除去されないまま存在し続ける……。

(Photo by Win McNamee/Getty Images)

 6月12日、シンガポールで行われたトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長との会談については、内外のメディアで繰り返し報じられているので詳細に立ち入るのは避ける。

 そもそも、今回の会談に向けたトランプ、金氏それぞれの思惑、そして結果的に得たもの、失ったものは何だったのか。  

 勝者といわれる金正恩にとって、大きかったのは、時間稼ぎができたことだろう。北朝鮮が核開発を放棄する意思がないことは当初からはっきりしていた。国民に塗炭の苦しみをなめさせ、無理に無理を重ねてようやく手にした核兵器をいまさら手放すことなどあり得ない。米朝首脳会談は、核を保有したからこそ実現したと考えているとすれば、北朝鮮が核に固執し続けるという見方はますます説得力を強める。

北朝鮮の最大成果は世界からの「信認」

 北朝鮮は今回、共同声明で「朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組む」(会談後の共同声明)とは約束したが、米国が実現させるとしてきた「CVID」(完全かつ検証可能で、不可逆的な核廃棄)という表現は盛り込まれず、実行期限などへの言及もなかった。

 米側は具体的な核廃棄について、今後協議を続けるとしているが、北朝鮮が言を左右にして交渉の引き延ばしをはかる余地が十分生じたといっていい。1994年の米朝枠組み合意や2006年の6か国協議で、同様の約束をしながら反故にしたようにだ。ポンペオ国務長官らが近く細部の交渉を行うというが北朝鮮がどれだけ真剣に応じるか。

 北朝鮮にとって、もうひとつの大きな成果は、「安全の保証」(共同声明)の確約だ。後ろめたいことがあるのか、金正恩委員長の父、故金正日・朝鮮労働党総書記の時代から米国に求め続けてきた。今回の約束によって、北朝鮮は当面、米国から軍事攻撃を受けるという最も恐れる事態を回避できた。

 北朝鮮が得たのは、それだけではない。行われるたびに強く反発してきた米韓合同軍事演習の中止、在韓米軍の縮小の可能性までも、トランプ大統領に明言させた。生物・化学兵器、最も触れてほしくない人権抑圧についても、何ら言及がなかった。

 そして、それ以上に大きかったのは、今回の会談によって国際的な名声、信認を得たということだろう。「史上初」と全世界が注視する中、自らのリーダーが超大国米国の大統領と握手して対等に交渉するー。北朝鮮にとっては、建国以来、国際的な舞台でこれほどまで注目を浴びたことは例がない。これによって北朝鮮は、インドやパキスタンと同列の事実上の核保有国として認められ、〝大国〟の仲間入りをするのも夢ではなくなった。

 北朝鮮が受け入れた唯一の具体的な行動は、ミサイル・エンジン実験施設の廃棄だけだ。それだけの対価で、これだけの成果が得られのだから、金正恩にとっては、100%以上の成功、「(共同声明署名の)インクが乾く前に、勝者と判定された」(フィナンシャル・タイムズ)という評価はまさに正鵠を得ている。

 釣り合いが大きく欠けた結果だけに、秘密議定書など公開されない合意が存在し、そこで北朝鮮が具体的な核放棄を約束しているのではないかとの疑念が出てくるのも当然だろう。

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