障害者アスリート~越えてきた壁の数だけ強くなれた

2018年11月13日

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 2018年8月。ウィルチェアーラグビー日本代表がオーストラリアで開催された世界選手権で優勝を果たしたと伝えるニュース速報が流れた。

 筆者がウィルチェアーラグビーの取材をはじめて以来、何人もの選手たちから「いつかは世界一」という言葉を聞いてきた。世界のトップクラスに位置しながら、僅差の壁に阻まれてきた日本代表。それが2020東京を2年後に控え成し遂げられた。

 しかし、それは追われる立場で大舞台を迎えるということに他ならない。

 追うものと追われるもの。その立場の違いは様々なかたちでこれからの2年間を変えることだろう。

 そして若山英史もそのひとり。

若山英史さん(撮影:筆者、以下同)

 若山英史、東京生まれ。

 父親の仕事の関係で5歳のとき静岡県に引っ越し、近所で一緒に遊んでいた3兄弟の影響でサッカーを始める。

 放課後は校庭でサッカーをやって、門が締まれば公園や空き地で続けた。サッカーの盛んな静岡らしく若山の周りはサッカー少年が多く、その中で中学、高校とサッカー部に所属し、サッカー漬けの少年期を過ごした。

 ただ本人は、「そう言えばカッコいいですが、性格的にはちょっとね」と振り返る。

 「子どもの頃は、成績表には明るくて元気、なんて書かれているんですが、確かによくいえば明るく活発、でも悪く言えばお調子者で落ち着きがない子でした」

 悪さはしないが、部活動にも熱心で健全なやんちゃ坊主で、現在の若山からは想像できないが、授業中の落ち着きの無さにこんなエピソードを持っている。

 「中学1年生のときですが、あまりにも落ち着きがなくて、僕の席は教卓の隣に置かれていました」

 「たしか最初は教卓の前だったのですが、ちっとも僕が変わらないから隣に来いって言われて先生の隣に席を置かれてしまいました。席替えがあってもずっとです」

 「先生や周りの友達に迷惑を掛けても、それでも治らない。先生がひどいのか、僕が悪いのか、いや、僕でしょうね。それくらい落ち着きのない中学生だったということです」

プールの飛び込みで頸椎損傷

 高校を卒業すると東京に単身赴任中の父の住まいに引っ越し帝京大学に通った。事故は大学2年生の夏の帰省中に起きた。母校のプールだった。

 「あの当時、テレビでウォーターボーイズをやっていて、プールに角度をつけてカッコよく飛びこんでいるのを見て僕も真似してみたかったのでしょうね。それで同じように飛び込んでみたところ、小学校のプールだったので底が浅くて頸椎を損傷してしまいました」

 「僕みたいにプールの飛び込みで頸椎を怪我してしまう人はかなりいるんです。防げる事故なので気を付けてほしいと思います」

 頭を強く打ち付けていたので痛いという意識はあったものの、全身が麻痺して体を動かせなくなった。プールサイドに上がりたいと思っても泳ぐことも立つこともできず、まるで底なし沼に足を取られているような感覚に陥った。

 「助けてって叫びたくても水が入って声が出せません。とにかくプールサイドに上がらなきゃと思っているうちに意識がなくなりました。溺れていたんです」

 「そのとき小学時代からの友人たちと一緒だったのですが、はじめは僕がふざけているのかと思っていたらしいのですが、様子がおかしいと引き上げて救急車を呼んでくれました」

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