ちょっと寄り道うまいもの

2011年10月6日

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 たとえば、下関のフグ。越前のカニ。あるいは松阪の牛。それを食べるために旅をするといったら、羨望の眼差しで見られこそすれ、物好きとは誰も言わない。

 では、桑名のハマグリはどうだろう。「それほどのもの?」という声が上がるのではないか。美味しいとしても、お吸い物などで少しだけ食べたら、それですむではないか。わざわざ新幹線に乗るほどのものか。

 「騙されたと思って」という食いしん坊仲間の誘いがあり行ってみた。すると、ハマグリがもったいなくて“焼き”では食べられない。食べられる量が限られる。もっともっと食べたい。だから、別の調理法で……。

 「その手は桑名の焼きハマグリ」

 地口(じぐち)というのか、「おそれ入谷の鬼子母神(きしもじん)」や「あたり前田のクラッカー」のように、言葉遊びの定番的な文句として、耳に馴染みはあるはずだ。この地口によって、桑名という地名が、ハマグリの名産地としてすり込まれていた。江戸時代の有能なコピーライターのお仕事が、現在の私たちにも影響を与えているという、とんでもないお話である。

 その桑名でハマグリを食べるならここ、と紹介された定番が、「日の出」という料理屋さん。料亭という言葉が似合うところ。訪ねて、とりあえず、焼きハマグリを食べて、絶句したというわけなのだ。何という旨みの凝縮。心地よい食感。今まで食べていたものは何だったのだろう。

 ご主人に、よそのハマグリと「何が違うのか」と聞き、「食べてもらったら、分かります」と言われたのだが、御意、と頭を垂れるしかない。一般的に流通しているのは近隣種で、ここで供されるような本物のホンハマグリは非常に少ないということだったが、なるほど、食べたら誰にでも分かるという旨さ。違い。

 「ただ、“焼き”だと量が食べられない。もっともっと食べたいというお客さんの声をうけて、先代から始めた工夫があるんです」

 説明と共に登場したのが鍋。おだしが入った鍋である。火にかけて、見事なまでに大ぶりなハマグリを投入し、しばし待つ。口が開く。「そろそろ食べ頃」という女将の指示に従う。まさに口福。品の良い香り。ふっくらとして、程良い弾力。染みだしてくる滋味。馥郁(ふくいく)という言葉が浮かぶ。まさに馥郁たる香り、味わいなのである。そして、焼きハマグリほどの凝縮感ではないので、いくらでも食べられる。恐いくらい。

 本当はトップスターだったのに、それと知らず、「その他大勢の大部屋扱いをして失礼しました」と詫びたいほどの凄さ。

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