世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2019年7月31日

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 欧州議会は7月16日、フォン・デア・ライエン独国防相の次期欧州委員会委員長への就任を秘密投票により承認した。フォン・デア・ライエンとしては中道右派の欧州人民党、社会民主主義のS&D、リベラルのrenew europeの主流派の支持で選出されることを望んでいたようであるが(これら3グループで444票がある)、そうはならず、必要とされる374票を僅か9票上回る383票を得たにとどまる。秘密投票であったため、詳細は不明であるが、ドイツのSPDを含め、かなりの反対票が出たことになる。「緑の党」は事前に反対を表明していたので、殆どが反対に回ったと思われる。この結果、ポーランドの「法と正義」やハンガリーのFideszといったナショナリスト勢力の票に頼る形となった。

(ririe777/Raven17/iStock)

 僅差での承認ということで、フォン・デア・ライエン次期委員長の立場が弱いものになるという予測も少なくない。しかし、圧倒的多数を得られなかったことは、必ずしも彼女が弱い委員長を意味する訳では必ずしもない。逆に、大きな支持票を得たとしても、議会運営が容易であることを意味しないであろう。欧州議会も理事会もこれまでになく分裂(特に東西の分裂が大きい)しており、巧く多数派を形成して業務を進めていけるか、フォン・デア・ライエンの政治的技量が問われることになる。

 欧州委員会委員長を含めEUの次期首脳陣の人事は誰もが予想しなかった顔ぶれとなった。それは欧州理事会における必然的な政治的妥協の結果である。最も大きな要因は、フランスとドイツの対立である。ユンケル現委員長を選出した前回から、「筆頭候補者」のプロセスが導入されている。リスボン条約17条7項の規定「欧州議会選挙を考慮し、適切な協議を経て、欧州理事会は特定多数決をもって欧州委員会委員長の候補者を欧州議会に提案すべきものとする」を根拠に、欧州議会における会派が欧州議会選挙で筆頭候補として担いだ者の中から委員長を選出するというものである。今回、「筆頭候補者」のプロセスに従えば、欧州議会の最大会派の欧州人民党が筆頭候補者に担いだCSUのマンフレート・ウェーバー(欧州議会議員)が委員長になるのが順当であった。ドイツのメルケル首相はウェーバーを強く支持したが、マクロンはウェーバーに反対したのみならず「筆頭候補者」のプロセスに反対した。両者の妥協の結果、ウェーバーは外れ、フォン・デア・ライエンが欧州委員会委員長に、ラガルドIMF専務理事が欧州中央銀行総裁に指名された。ウェーバーへの反対は、マクロンのみならず、経験不足を理由に、欧州人民党内からも出ていたようである。ともあれ、フォン・デア・ライエンの承認に失敗していればEUの機能不全が深刻なものとなったはずであり、承認は、安堵すべき結果と評価できる。

 フォン・デア・ライエンは、かつてはメルケルの後継者とも目されていたらしいが、2014年に国防相に就任して以降、ドイツ軍の装備と即応体制のお粗末さや国防省で相次ぐスキャンダルが原因で国内での人気が大きく低下していった。SDPのマーティン・シュルツ(元欧州議会議長)は、彼女を「最も弱い閣僚」と酷評している。しかし、2019年1月18日にニューヨーク・タイムズ紙に‘The World Still Needs NATO’と題する論説を寄稿し、自由、民主主義、法の支配に基づく秩序が、ロシアの東欧への攻撃性、中国の南シナ海における自己主張、中東発のテロ、独裁国家による核兵器開発などにより脅かされているとして、NATOの重要性を強調するなど、しっかりした安全保障観を持っているように思われる。いずれにせよ、まぶしいばかりのカリスマ性はないが、円熟した穏健な行政官といったところであろう。

 フォン・デア・ライエンの課題について、フィナンシャル・タイムズ紙の7月17日付け社説‘Ursula von der Leyen has promise but much to prove’は、「多くの生煮えの結果となるよりは少数の主要な成功の方が好ましい。一つは低炭素社会の将来を描くこと。もう一つは次の危機に耐え得るようユーロ圏を強化することであるべきである。銀行同盟の完成にはフォン・デア・ライエンの政治的技量を要する。彼女は経済の不調に際してはEU全体での財政刺激策の調整に尽力することを要しよう」と指摘している。概ねその通りであろう。このうち、気候変動対策についてフォン・デア・ライエンは、2030年までに1990年比で温室効果ガス排出を最低40%削減(目標値は50%に引き上げ)、炭素税を導入する、などの公約を発表している。しかし、最大の試練は、今後5年のうちに加盟国で全く予想もしなかった過激な政治的変化や秩序の崩壊が生じる時に、EUを今の姿のまま維持して行けるかどうかであろう。現在の欧州委員会が発足した時、トランプ政権の成立、Brexit、欧州政治におけるポピュリズムの台頭を一体誰が予想しただろうか。

  
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