この熱き人々

2015年5月5日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

 毎日、食事のようにコツコツと筋肉を衰えさせない努力を続け、週に一度はトレーナーとともに2時間以上汗をかく。79歳の時に挑戦した舞台「ロスト・イン・ヨンカーズ」の時には、手が上がらなくなった。頸椎の骨が飛び出していると言われたが、勧められた手術を断って自力で治したという。

 「毎日ペットボトルに水を入れて30回上げ下げ。治りたい、治りたいって、体が治りたがっているのがわかるから」

 02年、がんを宣告された女性学者が壮絶な生への戦いの中、人間として大切なものに気づいていく舞台「ウィット」に出演。09年、76歳の時には11年ぶりのミュージカル、日本初演の「グレイガーデンズ」(ケネディー一家の物語)で、没落してゴミ屋敷で孫と暮らす決して笑わない老婦人役。舞台で難役への挑戦を続ける一方で、テレビでも「どんど晴れ」の風格の漂う大女将、「菊次郎とさき」の女義太夫、「相棒」では殺人者、「八重の桜」のナレーションと大活躍。今年正月には三谷幸喜が脚本を手掛けた新春ドラマ「オリエント急行殺人事件」に出演。映画「デンデラ」では姥捨山に捨てられながらも生き抜く100歳の老女の役を壮絶に演じている。

 若い時代の草笛ももちろん記憶に残っているが、60代後半からの活躍ぶりには目を見張るものがある。今やシニア女性の間で最も人気のある女優といわれているほどで、年齢を重ねるほどに魅力を増し、存在感もますます大きくなっていく。そういえば、草笛の髪が銀髪になったのはいつ頃からだったのだろう。あまりにその印象が強くて、黒髪だった頃の写真を見ると、もうひとり別人の草笛光子を発見したような気がしてしまう。

 「きっかけはね、舞台で『ウィット』をやることになった時。抗がん剤の副作用で髪がなくなる役で、作り物はイヤだと思って丸刈りにしたんです。1カ月の舞台が終わって髪はまた生えてきたけど白なのよ。その前は黒く染めてたから。真っ白なのが2センチくらいの時に、テレビの仕事があって私はウィッグをかぶろうと思ってたけど、みんながそのままのほうがいいって。それですごく精神的に楽になったように感じました。もう白を黒に見せることはない。何か見えない鎖がパーッとなくなったようで解き放たれましたね。そこから私、変わったと思いますよ」

 それまで黒や茶など地味な色合いの服が多かったクローゼットに、銀髪になってからはピンクや赤や黄色など明るい色が増えたという。軽くなった気持ちが、明るい色を着こなす力になり、明るい色を身につけたことが草笛の世界もまた広げていった。そんな循環の起点が、自分の髪の色をドンと受け入れた時に生まれたというわけだ。

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