WEDGE REPORT

2016年1月29日

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 アンプティサッカーの大会で何度か顔を合わせるうちに、話をするようになったフォトグラファーがいる。彼女は報道というよりは、一人の写真家としてFCアウボラーダ川崎の小学生選手を撮っている。今回、その一連の写真が、「2015年第11回名取洋之助写真賞」を受賞した。社会の動向に鋭い視線を投げかける、ドキュメンタリー分野で活躍する35歳以下の写真家に贈られる賞である。富士フイルムフォトサロン東京で1/29より行われる受賞作品写真展を前に、鳥飼祥恵氏に話を聞いた。

第11回名取洋之助写真賞を受賞したのは、アンプティサッカーの少年を追った「amputee boy-けんちゃん-」。受賞作品の30枚は、東京では1/29-2/4、大阪では2/19-25に、ともに富士フイルムフォトサロンで見ることができる。入場無料(撮影:鳥飼祥恵)

25歳から趣味で始めた写真

 仕事柄、フォトグラファーにはよく会うが、この専門職には全く違う職業から転職されている方が多いように感じている。鳥飼祥恵氏もその一人であった。

 彼女は富山県の高等専門学校を卒業後、オーストラリアでのワーキングホリデーを経て、日本語教師として働いていた。その後上京した彼女だが、リーマンショック後の不況もあり、思ったような転職ができなかった。一度きりの人生、「どうせなら自分がやりたい仕事をやろう」とOLをしながら、週一回写真学校へ通うように。25歳の頃に趣味で始めた一眼レフを手に、スタジオワークやプリントの焼き方を学んだ。学校を卒業し2年が経った29歳の秋にはフリーランスとして活動を始めた。「今振り返ると、よくそんな思い切ったことができたなと思います。でも、あの時不況じゃなかったら、カメラマンにさえなっていなかったと思います」と笑う。

 一つの転機となるのが、4年前に学んだ水谷塾である。水谷塾とは、スポーツカメラマンのパイオニアである水谷章人氏が理論や実践に基づいて行っている小人数制の講座で、今年で15年目を迎えている。

 「水谷先生は、スポーツをアートとして撮られたカメラマンの先駆けで、美しさのみならず、選手の息づかいが感じられる写真を撮られています。先生にお会いする機会があって、その時に直接相談したんです。私はスポーツカメラマンになりたいわけではないのですが、ドキュメンタリーを撮りたくて、先生に学びたいんです、と」。写真学校ではいわばハード的な技術を、水谷塾でソフト的な技法を学んだ鳥飼氏は、サッカーを中心としたスポーツ関係だけではなく、メーカーの広告や雑誌など幅広く仕事をしながらも、自らの好奇心と興味で作品撮りを続け、独立して早3年が過ぎた。

3.11東日本大震災の後、これからどうなっていくのか先が見えないように感じた鳥飼氏は、「2004年のスマトラ沖地震を経験しているスリランカに行けば何かヒントがあるのでは」と思い、撮影の旅に出た。写真とインタビューを合わせて行い、2011年7月、数人のカメラマンで開催したグループ展で発表した(撮影:鳥飼祥恵)

 「広告や雑誌のお仕事もさせていただいていますが、個人で撮る作品と違って、デザイナーやライター、代理店などチームで行う仕事って、色々な決め事があります。そこでは作品撮りではできないような経験ができるんです。チームの中で自分の力をどう発揮できるのかという面白味が感じられ、どちらの撮影もバランスよくでき、それぞれの刺激となっています」

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