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2016年2月3日

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根本敬 (ねもと けい)

上智大学総合グローバル学部教授

1957年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。同大学院比較文化研究科博士後期課程中退。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授等を経て、現在、上智大学総合グローバル学部教授。専攻はビルマ近現代史。著書に『抵抗と協力のはざま――近代ビルマ史のなかのイギリスと日本』(同、2010年)、『ビルマ独立への道――バモオ博士とアウンサン将軍』(彩流社、2012年)、『物語 ビルマの歴史――王朝時代から現代まで』(中公新書、2014年)、『アウンサンスーチーのビルマ――民主化と国民和解への道』(岩波書店、2015年)など。

父アウンサン将軍は日本占領期に麻薬秘密取引で潤い
その資金を抗日闘争や英国との独立交渉に活用した?

ヤンゴンのアウンサン氏の像(iStock)

 この話をあるビジネスマンから「事実でしょうか」と確認されたことがある。そのときは一笑に付して「事実無根ですよ」と説明して納得してもらったが、ミャンマーに強い影響力を持つ日本の元政治家からも同じ話を「事実」として断定的に聞かされたときは、さすがに驚いた。この人物は自説を撤回しなかった。一部の日本人に深く入り込んでしまっている可能性のあるこの嘘は、彼女のカリスマ性が当初、「ビルマ独立の父」として国民に尊敬される故アウンサン将軍(1915~47)に由来していたため、同将軍を悪くいうことによって、娘の評判をおとしめようと考えた人がつくりあげた荒唐無稽な話にすぎない。

 第二次世界大戦中、ミャンマーを占領した日本軍に、アウンサン将軍はバモオ博士と共に積極的に協力した。しかし、悩んだ末、最後はひそかに地下抗日組織を結成し、自力で抗日蜂起を起こすに至る(1945年3月)。その後2カ月して英軍と共闘関係を公式に結ぶが、その間、潤沢な資金とは終始無縁で、同年10月から始まった英側との独立交渉においても、豊富な政治資金がバックにあったわけでは全然ない。麻薬資金との関係を匂わせる記述は、英側やビルマ側の史料に全く登場しないし、日本側の史料でも見たことがない。

アウンサンスーチーの噂を流布させる人物とは…

 このように、ここに示した3つの噂は、全て事実無根の嘘である。ではこのようなアウンサンスーチーにまつわる誤った話を、ミャンマーで一部の日本人に語る者はいったい何者なのか。それは必然的に、彼ら日本人がつき合っている範囲内のミャンマー人だということになろう(マスメディアでは英語ビルマ語を問わず、このような荒唐無稽な記事は登場しない)。嘘の話を進んで日本人にするミャンマー人は、アウンサンスーチーを毛嫌いしていた当時の軍政関係者か、何らかの理由でアウンサンスーチーの政治的台頭を阻止したいと考える人々だと考えてまず間違いない。ミャンマーでのつきあいの範囲がそうした狭い「世界」に限定されてしまうと、こうした嘘を聞かされることになり、それを語る人物と親しい関係ができていれば、なおさら人情で信じてしまうことになる。

 このような罠に落ちないためにも、ミャンマーでビジネスをする日本人には、できるかぎり幅広く多様なミャンマー人と交流することをおすすめしたい。旧軍政関係者や、仕事で接する比較的上流の人々だけでなく、一般のミドルクラスや下層の庶民レベルのミャンマー人、そして何よりも人口の半分以上を占める女性の声を(階層の上下なく)聞くことをおすすめする。そのためにも、ビルマ語会話をしっかり学んでほしいと願う。

  
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