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2016年2月3日

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根本敬 (ねもと けい)

上智大学総合グローバル学部教授

1957年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。同大学院比較文化研究科博士後期課程中退。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授等を経て、現在、上智大学総合グローバル学部教授。専攻はビルマ近現代史。著書に『抵抗と協力のはざま――近代ビルマ史のなかのイギリスと日本』(同、2010年)、『ビルマ独立への道――バモオ博士とアウンサン将軍』(彩流社、2012年)、『物語 ビルマの歴史――王朝時代から現代まで』(中公新書、2014年)、『アウンサンスーチーのビルマ――民主化と国民和解への道』(岩波書店、2015年)など。

彼女が民主化運動に参加した1988年、
まわりは共産主義者で固められていた?
(すなわち彼女は左翼である)

 これは当時の軍事政権がプロパガンダとして広めようとした主張である。だが、そもそも1988年の民主化運動は共産主義者が率いたものではない。当時の軍部に支えられた社会主義独裁政権を倒そうとした大学生が体を張って開始し、国民的運動にまで広げたものであり、アウンサンスーチーは彼らに強く説得され、運動の後半になってから参加している(デビューと同時に多大な人気を博したが)。

 1988年9月18日に武力で民主化運動が封じ込められ、軍事政権が発足すると、彼女は仲間と共にNLDを結成する。そのとき、その中に旧ビルマ共産党員が加入していたことは事実である。だが、旧軍人までを含む様々な政治的背景を持つ多様な人間が、「反軍政」と「民主化」だけを合言葉に設立した政党だったことを考えれば、その中に元コミュニストがいたからといって、彼女が共産主義者に囲まれていた(だから左翼である)というのは、極端な解釈であろう。

 当時の軍政はNLDを徹底的に非難するために、非合法組織のビルマ共産党がNLDに大きな影響力を行使していると主張し、アウンサンスーチーが容共主義者であると攻撃する本まで出版した。テレビニュースでもそのことを強調した。しかし、1989年に肝心の(?)ビルマ共産党が瓦解してしまうと、攻撃材料がなくなってしまったので、今度は彼女がアメリカ大使館に操られた「欧米の新帝国主義者の手先」であると攻撃する本を出版している。この文脈でいくと、「新帝国主義者」のアメリカが、容共主義者だった人物を自分達の手先として支援していたということになるが、どうにも矛盾した論理ではないか。

 ちなみに、アウンサンスーチーはイデオロギーで動く人間ではない。それでも強いて筆者から見た彼女の政治思想をイデオロギー的に解釈すれば、これまでの発言や行動から判断して、英国の保守党左派(保守リベラル派)の考え方に近いように映る。彼女の中では、英国労働党の右派や北欧の社会民主主義政党のイデオロギーまでは許容範囲内かもしれないが、社会主義や共産主義(唯物論)とは明らかに距離を置いている。

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