この熱き人々

2016年5月20日

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吉永みち子 (よしながみちこ)

1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。著書に『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)、『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)などがある。

華やかなフレンチレストランの厨房から介護や療養の食を支える地道な現場へ。シェフとして腕をふるう場は変わっても、6歳のころから立った台所で覚えた作る楽しさと食べてもらう喜びは、「だれかのための一皿」に結実している。

 池袋駅から東武東上線に乗り、駅舎と細い路地1本でいきなり人々の生活空間につながる上板橋駅から、歩いて10分ほどの「竹川病院」に向かう。療養環境を重視した総合リハビリテーション病院の玄関で迎えてくれたのは、フレンチシェフの多田鐸介。

 かつて都心の一等地でアンチエイジング料理を出すフレンチレストランのオーナーシェフとしてマスコミの脚光を浴びていた多田は、コックコートの上に紺色のエプロンをして現われた。この病院では、150床分の病院食・介護食のフードディレクターを務めている。そのほかに、デイサービスやグループホームなどを全国100カ所以上で展開する「セントケア・ホールディング」では、食事改善の指導に当たっている。さらに、調理機器会社の顧問や、地方の食材を生かしたメニューの開発、名産品のレシピを提案するフードプロデューサーとしても各地を飛び回っている。

 「病院食はどうしても栄養優先で、いかにおいしく提供できるかまでは考えられなかったんですよね。慢性期疾患などで長期入院している患者さんの場合は、病院の食事が生きる楽しみの大きな部分を占めます。噛(か)めなくなったり嚥下(えんげ)障害があっても、食事を味わって楽しんでもらえるよう調理法を工夫しているんです」

 さっと席を立った多田は、緑の色鮮やかなソースの上に白いムース状のものが載った皿を運んできた。きれいな一皿である。

 「緑は菜の花のピューレ、白は鶏の胸肉のムースです。料理は視覚が7割、嗅覚が3割と言われるように、目と鼻からの情報が大事ですからね」

菜の花のピューレを添えた鶏胸肉のムース

 白いムースを口に含むと、鶏肉の味が広がり、緑のソースからは菜の花の香りが感じられる。2つを一緒に食べると、鶏肉と菜の花がそれぞれ主張しながら混ざり合ってまた別の味わいが楽しめ、ついワインが欲しくなる。最初から菜の花と鶏肉を混ぜて黄緑色のムースにしてしまうと、栄養価は同じでもそれぞれの味わいが消えてしまうのだろう。

 「菜の花にはチキンスープとオリーブオイルを加えています。鶏肉は昆布出汁で煮ています。泡立てるように混ぜることで空気の部屋がたくさんできて、その中に香りが入る。口に含んで上あごと舌で空気の部屋が潰されることで香りが感じられるんです」

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