「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2017年2月28日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 この連載も丸4年になります。

 そこで、秋津のお父さんたちがやってきたことが、その後の国の各種の施策とどのように関連しているのか、また課題や今後の展望などを、今回から考察したいと思います。

「クラブ活動」の協働がことの始まり

 今をさかのぼること26年前の1991年のことです。

 「岸さんさぁ、クラブ活動の先生が足りないんだよね。とくにスポーツ系やパソコンクラブなどがね」と、秋津小学校の教頭さんがいいます。

秋津小学校のクラブ活動に参画するお父さんたち。狭義の学社融合の最初期

 「じゃあ、お父さんたちに声がけしてみますよ」と、私は即答しました。

 その年度、私はPTAの会長でした。

 またPTA創立10周年記念の年でもあることから、お父さんらと学校の飼育小屋を手づくりしていました。

 お父さんらは実数で40人ほども集い、週休二日制もだいぶ定着していたことから土日や祝日を中心にイキイキと飼育小屋づくりにいそしんでいました。

 で、作業後の夕方、毎回打ち合わせにかこつけての「アレの会」が続き、気心が知れるにつれ、サッカーなどのスポーツが好きなお父さんや大手のコンピューター会社に勤めるお父さんらがたくさんいることがわかってきました。

 そんな個人情報を、心の引き出しに仕舞い込み、次のお父さん引っ張り出し作戦の機会とのドッキングを夢想していました。

 お父さんの学校通いを単発ではなく、継続して通い続けたくなる「お父さんの居場所」にしたいなぁ、と、そのころにはすでに考えていましたから。

 なので、教頭さんがいうクラブ活動の先生が足りないことの悩みは、早くもお父さんらとのドッキングのチャンス到来です。

 だから、教頭さんに即答できたのです。

 お父さんらは踊りやすい脚本と舞台があれば、いそいそと集うことが、団地内にお父さんらと子供会を創設し活動してきた経験からもわかっていましたからね、っと。

 で、翌年の1992年度からクラブ活動に大人も参画できるように学校とも相談しながら実施計画を練りました。

 まず、クラブ活動日をお父さんらが参画しやすい土曜日に変えること。

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